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136.母さんに
「胃袋もだし、心臓とか。視線とか。よく分かんないけど、全部、持ってかれてるかも」
「ほー……」
雅彦さんは、面白そうな。でも少し呆れたような感じで、笑ってる。
隣同士でばっちり見つめられてるオレは。
もうなんか、勝手に瞬きが高速になってる。
胃袋だけなら、ご飯が好きって言ってくれてるから分かるんだけど。
心臓ってなに。視線って。でもなんか聞いたら恥ずかしいこと言われそうな気がして、聞くこともできない。
「気持ちが全部持ってかれてる。可愛いなーとか、愛しいなーとか。頑張ってて偉いなーとか」
「……っ」
恥ずかしすぎて、目を逸らしてしまう。
心臓がめちゃくちゃうるさいし。顔も熱いし。
思わず箸を持ったまま、手の甲で頬を冷ましてしまう。
「照れてる? 凛太」
大きな手が、頭に触れて、優しく撫でられる。
「て……照れるに決まってますし」
「はは。かーわい」
よしよしと撫でられる。撫でないでください、と照れ隠しに髪を整えると、瑛士さんはくすくす笑った。
目の前で、雅彦さんが箸を置いたので、視線を戻すと、雅彦さんは瑛士さんをまっすぐに見つめていた。笑っていた瑛士さんも、ふ、と真顔に戻った。
「本気なんだな、瑛士」
「うん――本気だよ」
「可愛いのは分かるが、一時の気持ちで軽く言って、後で撤回したり、しないか?」
全然笑いを含まないまっすぐな瞳で。雅彦さんは低く、はっきりと聞いた。
オレは、瑛士さんに視線を向ける。
なんて答えるんだろうって思って見守っていると、瑛士さんは、一度視線を落としてから、すぐに雅彦さんを見つめた。
「オレが、軽くそんなことするわけないの知ってるよね? 本気で一生可愛がるって決めたし――凛太が頑張ること全部、応援したいって思ってるよ」
瑛士さんの横顔に。
胸が、きゅうっと締め付けられる。ちょっと痛い、けど。
これは、嬉しいんだと、思う。涙、出そう。
息をつめていると、雅彦さんが少し間を置いて、そうだな、と笑った。
「お前はそういうとこは、軽くはないか」
「じいちゃんを見てるしね」
「だからお前に継がせたしな。まあそこらへんは、信じてる」
「ああ。信じてて。――凛太もね?」
ふと見つめられて、今度は、視線を逸らせない。
「オレの気持ちは、信じたままで――あとは、凛太が決めてくれたらいいよ」
「……」
こんなにはっきりと言ってくれているのに、オレなんか、て言うのも、何でって聞くのも、違う気がして――なんだか言葉は全然出て来なくて。
オレは、瑛士さんを見つめたまま、頷いた。
「凛太くん」
「はい」
雅彦さんに呼ばれて、視線を合わせると、ふ、と柔らかく瞳が細められた。
「本気のようだから、改めて――考えてやってくれるかな」
「……はい」
「もし、そういう意味では相手にならないと判断したら、ちゃんと断りなさい。そこは気を遣うんじゃないよ?」
「え。……あ、はい」
思わず苦笑しながら頷くと、瑛士さんが、はー? と声を出した。
「じいちゃん、断る方、先にすすめるのはやめてくれない?」
瑛士さんは苦笑しながら、そんな風に言ってる。「大事なことだろ」と雅彦さんが続ける。
「断った瑛士に頼るのが心苦しかったら、オレが引き取ってあげよう。孫になるか?」
「え。ま……孫、ですか?」
雅彦さんの孫??
瑛士さんと同じ立場になっちゃうな。
「じーちゃん、孫はいいけど……いや、違うって。オレ、断られたって、凛太のことは助けるって約束してるから。取んないでよ」
「振ったら頼りづらくなるだろ。それに、凛太くんが孫にいたら、たまにご飯を作ってもらえるだろうし?」
「そっち先に考えんのやめてって言ってんの。オレ、すげー頑張る予定だから。ね、凛太?」
「あ、はい。……ってオレが頷くのもなんか……」
困っていると、雅彦さんが、ふ、と笑い出して――そのまま瑛士さんも、くすくす笑う。
「なんかオレとじいちゃんは、凛太にめっちゃはまってるみたい」
「血が引き寄せられてるのかもしれんな?」
「そうかもねー。って、可愛くても、あげないけどね」
そんなやりとりに、なんだかおかしくて、笑ってしまった。けど。
――こんなに幸せな気持ちになるなんて。
いいのかな。なんてちょっと思う。
オレが一人になっちゃうのを心配していた母さんに――いますごく幸せなんだよって。
伝えたいなぁと。
すごく、思った。
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