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142.置物みたいに。
麻里さんと呼ばれた社長さんは、ふふ、と笑ってオレに少し頭を下げた。
「初めまして、凛太さん。今日はよろしくおねがいします」
綺麗なお辞儀に、ちょっと見惚れつつ、挨拶を返すと瑛士さんがオレを見つめる
「今日は麻里さんにお願いしたから――可愛くしてもらっておいで」
「えっ。社長さんに?」
「良かったら、麻里さん、と呼んでください」
「いいんですか……?」
「ええ。瑛士さんの大切な人なら、ただのお客様ではないですので」
ふわりと微笑んで、麻里さんは、オレを見つめた。
――瑛士さんの、大切な人なら。
声はずっとおなじ、柔らかいのに。
なぜか、少し温度が違う気がした。
なんでだろう。
「瑛士さん、少しお久しぶりですね」
「そうだね――最近忙しくて」
「瑛士さんが忙しいのはいつもですよね」
くすくす笑う麻里さんに、瑛士さんは苦笑している。
――仲、いいんだ。この二人。
どんな知り合いなんだろう。
なんだか二人の雰囲気が、高級感がありすぎて、オレはその隣ですっかり、置物みたいになっていた。
「エステは、初体験ですか?」
不意にそう聞かれて、オレが答えるよりも早く、瑛士さんが頷いた。
「まったくの初めてだから、優しくしてあげてね」
「あら。私はいつも優しいですよ?」
「それはわかってるんだけど……できるだけ可愛くしてあげて」
瑛士さんは、軽い調子でそう言った。
瑛士さんと、ふ、と笑い合ってから、麻里さんがオレを見つめた。
綺麗な瞳で、今度は少しだけオレを窺うような感じ。
可愛くなんてできるかなーって……思ってるかも……。
あまりに綺麗すぎるので、その瞳にうつることも、ちょっと気後れしていると、麻里さんがくすっと笑った。
「もともと可愛いんだけど」
「……え?」
麻里さんが言ったセリフの意味がよく分からなくて、反応が遅れたオレを、麻里さんはじっと見つめる。
「瑛士さんが電話で言ってたんです。もともと可愛いんだけど、もっと可愛くしてあげてほしい、って」
「――は……?」
ぱ、と瑛士さんを見上げると、瑛士さんは少し固まって、麻里さんを見て苦笑してる。
「えーと……まあ、言ったけど」
こほ、と咳払いをしてる瑛士さん。……これは……またちょっと照れているのかも。
なんだか最近こんな顔をよく見るような気が……。オレが、ぽー、と瑛士さんを見つめていると、麻里さんが瑛士さんを見て、ほんの一拍置いてから、へえ、と眉を上げた。
そして、口元に手を当てて、くすっと笑う。
それは、からかうような。
……でもどこか、意味ありげな、笑い方に感じた。
「ずいぶん、甘いんですね?」
そう言いながら、視線が瑛士さんから、ゆっくりとオレのほうへ移る。
「うん。まあ。可愛がってるから」
「そうですね。可愛い婚約者さんですものね」
麻里さんがそう言った瞬間、受付に居た二人が、「えっ」と声を上げた。咄嗟にそちらを見ると、二人はほとんど同時に瞬きをする。
片方は言葉を失ったまま、もう片方は口元をかすかに開いた。
「そうなんですね、おめでとうございます」
一人が言って、すると、もう一人もはっとしたように、お辞儀をして、おめでとうございますと言ってくれた。
小さく漏れた声はすぐに飲み込まれたけど――驚きは、隠しきれてない。
その視線が一瞬、オレの左手に移って、そして慌てて正面に戻る。
指輪、確認したのかな。うん。そうだよね。やっぱり驚くよね。
……まあでも予想通り。パーティーに出るってことは、こういう視線に……いやもって、すごい見方をされるに違いないのだから。やっぱり、少しだけでも、よくしてもらったほうが、きっと良いに違いない。
「素材はとても可愛らしいので――ふふ。楽しみですね」
「でしょ。そうなんだよね。まだ何も手を入れてないのに可愛いから。手を入れてあげたらきっとすごく可愛いよね」
麻里さんのは気を使って言ってくれたんじゃないのかなと思うのに、瑛士さんは、すごくノリノリになっちゃって楽しそう。
ますます恥ずかしい。ううぅ。なにこれ……。
同じ言葉なのに、麻里さんの口から出た「可愛い」は全然慣れない。
……って、瑛士さんに言われるのも、慣れてるわけではないけど。
オレは、急に居心地が悪くなって、視線を落とす。
耳が熱い。
オレ、絶対、赤くなってる。
オレ、こんな豪華すぎる異世界みたいな空間で、こんなに綺麗すぎる人たちに「可愛い」って言われるような感じでは、絶対ないから
ー!
むしろ、褒められるたびに委縮してしまう。
「説明させてくださいね」
そう言いながら、麻里さんがソファにオレ達を促す。瑛士さんと並んで腰かけたオレの前で、麻里さんが手に持っていたファイルを開いて、オレに見せてくれる。
「あまり回数は来られないとのことでしたから――今日は、フェイシャルの基本の施術をさせてくださいね」
「はい……」
フェイシャルの、基本……とは?
ぽかん、としてるオレに、麻里さんは柔らかく微笑んだ。
「毛穴のお掃除と、保湿をたっぷりして角質のケアですね。これだけでもとても肌が明るくなります。それから、眉を少し整えてもいいですか?」
「……はい」
こくこく頷く。……だめ、なんてオレが言える雰囲気は、まるでない。
「今日はお顔の土台を整える感じでいいですか?」
麻里さんが瑛士さんに向けてそう言うと、瑛士さんは楽しそうに頷いた。
「もちろん。麻里さんの手、信頼してるから」
「あら――ふふ。ありがとうございます」
ふわりと嬉しそうに笑った麻里さんは、なんだか余計に綺麗だった。
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