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150.瑛士さんって。

 気にしない、気にしない。心の中で唱えるほどに、瑛士さんの声が聞こえてしまう気がする。 「え? ……ああ。うん、そうだね、少し」  その言葉の後は、相槌を打つだけで、瑛士さんは話さない。  オレはレコードのジャケットを見てく中で、一番華やかな感じの明るいのを取り出した。  オレンジ色の下地にたくさんの花。どんな音楽かは分からないけれど、きっと明るいに違いない。今は、こういうのがいいなあ。  取り出して、ジャケットを眺めながら書いてある文字を読んでいたら、不意に、ふわ、と瑛士さんの手が背後から回ってきた。  後ろから、抱き締められるみたいな感じで――オレの見ていたジャケットを覗き込む。 「お待たせ。――これにきまり?」 「あ、はい。綺麗だし聞いてみたいです」  近さにドキドキしながら答えると、瑛士さんが少し離れてレコードの電源を入れる。 「良いアルバムだよ。寝る前にもいいと思う。凛太が、針を落としてみる?」 「はいっ」  わぁ……嬉しいな。  向こうの部屋にあるものより断然大きいスピーカーがついてて豪華だけど、やる作業は変わらない。瑛士さんの説明を聞きながら、今日はオレ一人でやってみることになった。  やっぱり手、震えそう。  ドキドキしながらそっと、針を落とした。音が鳴り始めると、感動するくらい、綺麗。空気が震えて、伝わってくるみたい。  ほ、と息をついた。 「音は小さめにしておくね」  言いながら少し音を静かにしたけれど、十分、浸れる感じ。 「レコードって……ほんとに良いですね」  隣に立って見守ってくれてた瑛士さんを見上げてそう言うと、瑛士さんは、そうだね、と微笑んでくれる。 「凛太、おいで」  手を掴まれて、そのまま瑛士さんが歩き始める。さっきのソファに腰かけた瑛士さんの隣に座らされる。  顎に手がかかって、そっと持ち上げられる。至近距離の瑛士さんを見上げる感じで、ちょっと固まる。なんだろ。これ。 「あのね、凛太。麻里さんから伝言」 「……はい?」  伝言? 麻里さんからの伝言と、この体勢の意味が全然繋がらなくて、とにかく瑛士さんの言葉を待つ。 「麻里さんがこう言ってた。――給湯室でのおしゃべり、聞きました。バックヤードとはいえ、お客様の近づく可能性のあるところでの私語も、その内容も、ほんとうにごめんなさい。きっちり注意しておきました、って」 「――」  最初何を言われているか分からなくて。  でもすぐに、オレが聞いちゃったことがバレたんだ、と思って、俯こうとすると、顎を抑えられてて。……このためか、とそこでつながる。  瑛士さんは、オレをじっと見つめて、続ける。 「元気ないな、と思ってた。でも疲れたのかなっても思ってたし、帰ってからは大丈夫そうかなと思ってたんだけど――麻里さんは、迷子になってた凛太の居た方向で、思い当たったみたい。念のため聞いてみたら、その話だったって」 「……えと……なんの話かは、瑛士さんは……」 「うん。聞いた」  思わずもう一度俯こうとして、くい、とあげさせられる。  じいっと見つめてくる紫色の瞳が、煌めいて見える。なんかもう、ぜんぶ見透かされそうで、嫌だな、と思った瞬間。 「あのね、凛太」 「……はい」 「オレがさ、関係のある人のエステに、凛太を預けると、思うの?」 「――」 「オレに対してそういう感情のある人に、凛太を婚約者だから可愛くしてなんて言うと思う? オレが、そんなことする奴だと思う?」  ゆっくりと言われた言葉を、じっと黙ったまま、考える。  ――考えるほどに、なんだか息が出来なくなる。 「……っ」  小さく何度も、首を横に振る。  そういう風に考えたら、そんなことは、思わないから。 「麻里さんとはそういう関係ではないよ。麻里さんの仕事に援助もしてるし、そういう意味で仕事上のパートナーでもあるから、仲はいいとは思う。それを、スタッフの子たちは勘違いしたんだろうけど……」 「――」 「麻里さんとそんな関係があったら凛太を預けないよ。――信頼してるから預けた。でもそういう好意は、お互い無いよ。……分かる?」  じっと見つめられて、ゆっくり諭されるように言われると――。  さっきまで、オレの考えていたことは。  瑛士さんのこと、そんな考えなしな感じのことをする人だと思ってた、てことになってしまう気がして。  胸が、本当にズキズキと――実質的な痛みがあるみたいに、痛む。 「ごめん、なさい……」  思わず、そう言うと――。  なんだか、じわ、と涙が滲んだ。顔は動かせなくて、眉だけが、きゅっと寄る。  すると、瑛士さんは、目を少しだけ大きくして。  それから苦笑するみたいに小さく一度頷くと、オレの目尻に親指で触れて涙を拭ってくれた。 「謝らなくていい。怒ってないし。オレこそ、ごめん、ちゃんと話してから行けばよかった。――あと、麻里さんとスタッフの子二人からも、ごめんなさいって。今度会った時に謝罪させてくださいだって」 「――」    オレはまた、首を横に振った。 「オレが、勝手に、入っちゃいけない方に行っちゃっただけで……それに、言ってたこと、別に、間違いじゃなくて」 「……いや、間違いだけどね」 「瑛士さんと、麻里さんが、お似合いだっていうのは、間違いじゃないですし……」  オレがそう言うと、瑛士さんはまた苦笑して、それから。 「麻里さんがさ――オレが凛太のことを可愛がり過ぎてておかしいですって、笑ってたよ」 「――」  そう言うと瑛士さんは、オレの頬をすりすりと撫でて、それから逆側の頬にそっとキスした。 「お似合いなんてさ――他の人の目にどう映るかとか、どうでもいいよ」  もう一度、すり、と頬を撫でて、オレをじっと見つめてくる。 「だって、オレが可愛いと思ってるんだから。オレにとっては、それで十分だよ」  喉の奥が痛くて。  我慢する間もなく。  ぼろ。  涙が、不意に溢れ落ちた。  瑛士さんは、今度はもっと大きく目を見開いて。  でもそれから、ふは、と笑って――ぎゅ、と抱き締めてくれた。  瑛士さんって……。  本当に、いつもオレを安心させてくれてしまう。  ぎゅ、と瑛士さんの背中の服を握り締めた。   (2026/3/6) 150話。 ここまでお付き合いくださってありがとうございます♡ ちょうど、キリの良いところで、なんとなく良かった(´∀`*)ウフ。 ここからどれくらいになるかはまだ読めないのですが、 体感ではあと半分くらいかなあ…?と思いつつ、 書き始めると短くなるかもしれませんが。笑 もし好きだなと思っていただけたら、 感想いただけたらとても励みになります✨ 最後までこのふたりを 楽しんでいただけたら嬉しいです♡

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