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154.甘さの温度

 Ω用の抑制剤の新薬の話が進んでいるらしい。それ自体は、良いことにも見えるんだけど――でも、珍しい。今は大手が市場をほぼ占めていて、こんな聞いたこともない会社から、新薬の治験の話なんて。  目立つように書かれた、キャッチコピーが目に入る。  「もう、薬のために働く毎日は終わりにしませんか?」  「すべてのΩが経済的・精神的に自立できる社会を目指しています」  それは確かに――Ωの抑制剤は高いけど……こんな風に書かれたら、困ってるΩは嫌でも惹きつけられてしまうかも。  一見うまいことが書いてあるものこそ、気を付けるべきだと思うと、すごく引っかかる。条件を流し読みしながら、更に眉が寄ってしまう。   協力謝礼金が高すぎる。製品化したら生涯にわたって原価での提供を保証するらしい。治験中は二十四時間体制の専門医による、最高級ホテルのようなケア……。  は、なにこれ。怪しすぎる。  いいことばっかり並べるのは、たいていろくなものじゃない。  しかもすごいちっちゃい字でいろいろ書いてあるし。小さすぎて読みにくい……。  ていうか、生涯にわたってって――治験が成功しなかったらどうすんの。倒産のリスクとかも考えてないし、いや、敢えて書いてないのかも。  抑制剤や治験絡みのトラブルはもう、過去にもいろいろあるし。  これは、もう、はっきり書いておこう。 「もう少し様子見てもいい気がします。新しい会社みたいだし、すぐに飛びつくのは怖いかも。治験の募集期間はまだしばらくあるから」  オレが、だめとは言えないけど。  様子見することで、飛びつくのをやめさせたかった。 「まだ募集開始したばかりだから、いろいろ噂とか出てきてからの参加でも、全然遅くないと思います」    続けてそう書いた。  一緒に相談役をしてくれている人たちも、改めて、同意見を書いてくれている。いつもの、栗さんや、ゆうママさんが言ってくれると心強い。会話が進んで、興味ありそうだった人達も、ちょっと様子見よう、という話に落ち着いたみたい。今見てない人たちも、皆がそうなってくれるといいけど。  ちょっと気を付けて、この治験の情報、追っておこう。  ――ていうか。こんな会社。聞いたことないな。  会社情報を見ると、一年くらい前に出来た新しい会社みたい。でも本社も都会の一等地にあるし。資金はあるっぽい。うーん……。もともとどっかの資金があるグループの製薬会社かな。  問い合わせ先の代表者名を検索しても、情報が出てこない。  んー……。 「凛太ー」 「……」 「凛太?」 「あ。はい」  スマホの画面から瑛士さんに視線を移すと、瑛士さんは、ふと微笑んだ。 「なんかすごく真剣な顔してた」 「そうでした?」 「うん。いいね、そういう顔も」 「……そうですか?」  オレ今、しかめっ面だったと思うんだけどな。  ふふ、と笑ってしまうと、瑛士さんの手が頭に乗っかる。 「すぐ緩むのも可愛い」  瑛士さんは、ほんといつも甘すぎて、ほんと答えるのに困るなぁ、と苦笑してしまう。  瑛士さんの甘い言葉と。  ……キャッチコピーの甘い言葉は、感じる温度が、全然違う。そっちはなんていうか……すごく、ざわざわするんだよなぁ。  治験が始まってからも情報はそう簡単に出てこないだろうな。口止め料もこの高いお金に含まれてそうな気もする。  まあまだ、分かんないけど。  本当に、そういう理念で動こうとしてる、いいとこだったらいいけど……。 「そろそろ寝ようか?」 「そうですね。ぼちぼち……」 「凛太がぼちぼちって言うと可愛いね」 「ええ……?」  なにがだろう? と本気で思うのだけど、全部に可愛いって言ってくるみたいな瑛士さんが、なんだかちょっと面白くて。  自然と顔が綻んだ。   

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