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160.瑛士さん、大丈夫?

 食事のトレイを持った竜が不満げな顔で現れる。 「黄色の蛍光ペン売切れてた」  というセリフに、安達が苦笑した。 「いつも山盛り置いてあるのにね」 「黄色だけ発注し忘れたんだってさ。他の色は山盛りあった」 「不運だな」  安達に言われて肩を竦めた竜が、オレの隣に腰かけた。 「オレの使う? オレ、別に黄色じゃなくてもいいし」 「……いいのか? 今日の帰りどっかで買ってくる」 「今日は黄色使わなくてもいいから」  オレが鞄から蛍光ペンを取り出して竜に渡すと、「明日新しいので返す」と言われる。 「いいのに」 「サンキュ、凛太」  ご機嫌が直ったらしい竜に、ふ、と笑ってると、安達が「そういえば」と呟いてオレ達を見つめた。 「凛太がΩだったら、竜と、番うとかはなかったの?」 「ん?」 「前から仲良かったじゃん。意外とお似合いなのかもって今思ったけど」  驚いて目を剥いてるオレにクスクス笑って安達が続けた。 「ねーよ」  と竜が言う。 「聞いてるだろ。凛太の相手、すげーαだって」 「そうだけど」 「ていうか、お互い無い。凛太は、医者になりたい仲間だって」 「ふーん……」  なんだかおもしろくなさそうな安達に、ちらっと見られるが、オレも普通に頷く。 「ないよ。なんでつまんなそうなんだよ」  苦笑しながら聞くと、だって、と安達が口をとがらせている。絶対本気じゃなく、おもしろがってるだけなのも分かるけど。 「つか、オレ、こいつがΩだって知ってたし」 「……えっ? そうなの? なんで?」 「途中でバレて」  あは、と笑ったオレに「全然気づかなった」と安達。とそこへ。 「ああ、いた。凛太~」 「内海教授?」 「急だが、お前今日の夕方から、オレらに付き合えるか?」  オレを呼びながら足早に近寄ってきたと思ったら、そんなセリフ。   「夕方、どこにですか?」 「マニアックな学会があんのすっっかり忘れてたんだよ。オレはこれから資料準備して、十七時出発。静岡に十九時だ」 「え……と」  何でオレ? と思ったら、内海教授が寄ってくるので耳を傾けると。 「二次性徴の遅れや、ヒートが弱いとか、属性の逆転とか、特殊な症例を扱うんだよ。興味ないか?」  こそ、と囁かれる。 「あります。十九時から何時までですか?」 「終わりは分らんな。ホテルの会場だから泊りになるかもしれない。どっちにしても、明日の一限には間に合うように帰る」 「分かりました。どこから出発ですか?」 「あー……逆にどこがいい?」 「オレ今日、授業は十六時までなので、一回家に帰って準備したいです」 「じゃあ十七時すぎに車でお前んち行く。佐川も連れてくことになってる」 「分かりました」 「凛太の住所送っとけよ」 「はい!」  頷くと、教授は来た時と同じ、すごい勢いで去っていった。  呆然とそれを見送って、三人で顔を見合わせる。誰からともなく、ふ、と吹き出した。 「教授、電話してくれればいいのに」 「よくここにいるの知ってるからだろ」 「違う時もあるのにね」  竜と話して笑ってると、安達は、ため息をついた。 「あれだな。内海教授のゼミとってんの、マジ尊敬する」  オレと竜を見て、肩を竦めながらそう言う。 「まあ、でもいつもはこんなに急ではないよ。忘れてたって言ってたし」  フォローを入れてみるけど、安達は小さく何度も首を横に振った。 「いやー無理だなぁ。ゼミも課題とかきついんだろ。ただでさえゼミはどこもきついのにさ」 「まあそうだねぇ……でも、面白くもあるよね?」  言って竜に同意を求めると、小さく頷いて、まあな、と呟く。 「それより凛太、瑛士さんは、大丈夫か?」 「何が?」 「α二人と泊りがけとか、瑛士さんは許す?」 「α二人……」  んん? と竜の顔を眺めて、思考が止まる。  いや、確かにα2人だけど、教授たちとオレの間にフェロモン関係ないし。何その言い方。 「嫌なんじゃねえのか、瑛士さん」  竜が言うと、安達が面白そうに身を乗り出してくる。 「なになに、凛太の婚約者ってやっぱ独占欲強い?」 「なに、やっぱって」 「ランクが強いほど、独占欲とか執着強いっていうじゃん?」 「……んんー? そんなこと無いと思うけど」  教授たちだからなぁ、相手。  隣の竜をチラ見すると、竜は、なんだか面白そうに眉を上げる。 「連絡はしといた方がいいと思うぞ」 「そりゃもちろん、するけど。泊りかもしれないんだし」 「誰と一緒かも、な」 「うん……」  瑛士さんが許すって。  許すに決まってるじゃんね。  隣で食事を食べ始めた竜を見てから、スマホのロックを解除した。

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