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163.照れ
思ったよりも道路が空いていて、ホテルに着いたのは、まだ学会の開始まで少し時間がある頃だった。
教授たちは、受付で手続きを済ませている。その後ろで待っていると、佐川教授が振り返って言った。
「開始まで少しあるから中庭で休んできていいよ。ここが終わったら行くから」
会場になっているのは、ホテルの一階のホール。そこから中庭にでられる。大きな窓ガラスの向こうには、すでにスクリーンと機材が準備されていて、テーブル席がいくつも並んでいるのが見えた。
中庭には、簡単な休憩スペースが用意されていて、丸テーブルと椅子がいくつか置かれている。
端のテーブルには、コーヒーと紙カップが並んでいた。
まだ人はまばらで、参加者らしい人たちが、中で顔を合わせた同士で話している。
……顔見知りの人も多いのかな。
中庭にいるのは、喫煙コーナーで煙草を吸ってるひとと、スマホを触ってる、ほんの数人がぽつぽつと居るだけ。
瑛士さんにホテルの名前と、「無事つきました」のメッセージを送信した。
近くのベンチに座って、ふと周りを見ると、ライトアップされた中庭がとても綺麗。何枚か写真を撮って、瑛士さんに送ってみる。
既読はつかない。ちょっと寂しいけど、まあしょうがない。
その時、教授たちも中庭に出てきた。立ち上がると、近づいてきた内海教授が言った。
「婚約者が本当に大丈夫なら、部屋をとってもいいか?」
「あ、はい。決まりですか?」
「ああ。どうせ終わらないだろうからな。今ならこのホテルで三部屋取れるから。いいか、取ってきて」
「はい。お願いします」
二人の後ろ姿を見送ってから、もう一度ベンチに腰掛ける。
瑛士さんに泊まるって伝えないと、と思った瞬間、電話がかかってきた。
「はい、もしもし」
『ああ、凛太? 良かった、無事着いて』
「はい。結構はやく着きました」
『凛太、ご飯はいつ食べるの?』
「なんか一応二時間は真面目に発表して、そこからは、食事も飲み物も出るらしいですよ。食べながらみたいです。大分内輪の発表みたいで」
『そうなんだ。でもそしたら二十一時までは食べれない?』
ちょっと心配そうに言う瑛士さんに、顔がほころぶ。
「途中で肉まん奢ってもらいました」
『あ、そうなんだ、よかったね』
「かなりおっきい肉まんでした」
そうなんだ、と瑛士さんが楽しそうにくすくす笑ってる。
『見たかった』
「何をですか?」
『凛太が大きな肉まん頬張ってるとこ』
「――……見たいですか??」
『見たかったなぁ』
なんだかしみじみ言われて、んん? と首を傾げてしまう。
『絶対可愛いでしょ』
「……かわ、いくは……ないかなーと」
『いやいや、可愛いから』
笑いを含む、甘い声で囁かれる。なんだか、また、耳がくすぐったく感じるから不思議。
「――瑛士さんは、ご飯、食べました?」
『まだ。会議が続いててさ。今日は弁当を頼むことになったよ。会議室で食べる。今ちょっと休憩中』
「わー、お疲れ様です。頑張ってくださいね」
『ん、ありがと』
一瞬、間があいて、それから瑛士さんが言った。
『――今日は泊りになりそう?』
「あ、そうなんです。もう部屋を取ってくるって、今教授たちが言ってて。明日、帰りますね」
『うん。――あのさ』
「はい」
『寝る前、電話、していい?』
そんな聞き方に、オレは思わず、スマホを耳から話して、画面を見つめてしまった。
電話していい、なんて。
――そんなの……。
「当たり前じゃないいですか。……オレが、ダメですって、言うと思いますか?」
『――思わない、かな』
笑う瑛士さんの、息を吐く音。
――たぶんきっと。
優しい顔を、してくれている。
『さっき送ってくれたホテルに泊まれるの?』
「はい、そこでもう三部屋取れるらしくて」
『そっか。ライトアップ、綺麗だね』
「ですよね」
――綺麗だったから、瑛士さんに見せたくて。
と、それはちょっと照れて言えなかったのだけれど。
『一緒に居たいなぁ、そこに』
――なんかもっと照れることを、すごく照れるくらい優しい声で囁かれて、言葉に詰まる。
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