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165.やわらかい毛布
知り合い同士が多いからなのか。
マニアックなテーマなのに、終始、意外なほどのどかな雰囲気で進んでいく。
二次性徴の発現の遅れとか、ヒート周期が不定期だとか、フェロモン感受の個体差、二次性の逆転症例などが発表される。
SNSでもたびたび話題になったり、質問がくる事柄なので、オレにとっては割と身近だったりする。抑制剤に耐性があるΩの話も出て、それはかなり大変だなぁ、と気の毒になってしまう症例もあった。
ある研究者が発表したものも、かなり変わっていた。
フェロモンの匂いを、変える研究。
または、Ωのフェロモンを分析して、ヒート誘発剤に転換。ヒートが不定期の場合、妊娠が思うようにならない場合などに役立つ、なんて言ってるけど。
――ヒートの誘発剤なんて、大体悪いことにしか、使われないんじゃないのかな……話を聞きながら、自然と眉が寄ってしまう。隣で、教授たちが何かを囁き合ってるけど、たぶん、あんまりいい感じで受け止めてなさそうなのは、雰囲気で分かる。
やっぱりそうだよね……どこの研究――。
資料の名前を見直して、ああ、と固まってしまう。
いろいろ噂のある、大きな製薬会社だ。あまりよくない抑制剤を売ってる会社。かなりのシェアを占めてる。
それでもまあ、いろいろ噂があるから、だいぶ、一時期よりは他社にシェアも流れてるらしいけど――でもやっぱり、力はある。……ていうか、なに、抑制剤が売れなくなった分、変な薬で売ろうとしてるのかな……。
んー……。
思わず小さく唸ってしまった。すると、隣の佐川教授が、ふ、と吹き出した。
「凛太くん、声に出てる」
「――あ。すみません……」
マイクの音で隠れてるからいいかなとつい……。
気を取り直して、ふと顔を上げ、発表している人達を見る。
読み上げているのは、多分、αの研究者や、それと協力してるどっかの大学の教授たちだろうけど――……あれ。
隅のほうでスライドを操作しているのは、さっき、庭で会った、彼だった。……そうなんだ。お仕事、なのかな。
なんだかちょっと意外、というか――なんだか少し、気になる。
協力してるのか……もしかして、被験者……。被験者はあんなことは手伝わないか。んー。Ωの研究者、てとこなのかな。珍しい気がするけど。
そこまで考えた時、「次お願いします」とひそひそ声で話しかけられた。教授たちの番だ。
教授たちの発表は、フェロモン濃度とかヒートの周期。症例の報告。三十歳で突然Ω化したケース、Ωなのにヒートが弱い、フェロモンを感じない体質などなど。オレもちょっと関係あるテーマな気がするけど、別にオレのことを詳しく言ってる訳でもない。そういう人たちも、レアだけど、確実にいるから。
ほんと。なんで、Ωとかαとか、あるんだろ。
……絶対、βがいいよね。
オレのSNSだって。
「βがよかった」というつぶやきから始まったんだもんね。そう思う人たちが、いっぱいいたから、あんなに広まったんだ。
――あの時から、オレは何も変わってないなあ……。
教授たちの話を聞きながら、資料のスライドを進めていく。
あれ、でも――。
……瑛士さんといるようになってから。
βがよかった、って。
そういうこと、考えてないかも……。
それどころか。
――瑛士さんのいい匂いが、分かるの。
それは、すごく幸せかもって……。
スライドをめくりながら、また瑛士さんを思い浮かべる。
さっきも考えてた。
完全に自由じゃなくなって――することも増えて。
なんて言うんだろう、この気持ち。
まさか、オレが、αの匂いが分かるから、Ωで良かったと、
思ってしまう日が、くるなんて。
……ヤバいなぁ、オレ……。
三年経ってからとか、言っといて――そのとき瑛士さんに、他にイイ人がいたら。ちゃんと、契約終了って、言えるかなぁ……。
うーん……。
なんか瑛士さんといるこの感覚は。
……あ、あれかな。
あの、瑛士さんが持ってきた、人をダメにしちゃいそうなクッションにのっかって包まれて。
なんだかもふもふのあったかい毛布もかけられて。
その毛布が結構重くて、動けないんだけど、でも、
ものすごくやわらかくて、あったかくて、幸せで。
幸せな夢を見て寝ちゃう。
……そんな感じ。
瑛士さんは、毛布みたい。
――…………はて。
何言ってんのかな、オレ。
結局、結論が分からない。
「……凛太くん」
こそ、と囁かれて、はっと気づく。
あ、ヤバい。慌ててスライドを送って、ふ、と息をつく。
集中しないと。
そう、こんな――大事な時まで、のこのこ脳裏に出てきちゃう瑛士さんは。
うーん、ほんと、すごい。
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