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173.浴衣って。

 ちょっと急いでシャワーを浴びる。  本当なら一人で過ごすはずだったこの部屋に、瑛士さんがいてくれる。    別に、一人が寂しいとかじゃないんだけど――というか、基本的にオレは、一人だったし、一人で全然平気だったし。  だから、いてくれないと心細い、とかではない。  でも、いてくれるって思うと。ここから出たら、きっと、瑛士さん、にっこり笑ってくれるんだろうなって思うと――心の中が、ほんわか、あったかくて。  早く出たいって、思ってしまう。  全部済ませて、ドライヤーもして、熱が少し引いてから浴衣を着た。  浴衣。パジャマを持ってこなくていいのは楽なんだけど、あんまり着なれないし。瑛士さんの前にこれで出るのは、なんとなく、気恥ずかしいけど……まあでも、しょうがない、これしかないし。  ホテルの浴衣なんて、誰が着たってこんな感じになるもんね。うんうん。  きゅ、と前を合わせてちゃんと着て、帯を締めて、バスルームのドアを開けた。 「あ、おかえり」  想像通りの声がして、頬が少し緩むのが分かる。 「ただいまです――って……は……?」  立っていた瑛士さんを見て、間抜けな声が漏れてしまった。  想像通りの言葉だったけれど、瑛士さんの格好が、想像通りでは無かった。  さっきまでと違うのは。  瑛士さんも、浴衣を着ていたこと。鏡の前で帯を締め終えたところみたい。 「引き出しに入ってるってさっき受付で聞いたから。着てみた。浴衣着るの、久しぶりかも」  「何で浴衣着てるんだろう」ってオレが驚いてると、瑛士さんは思ったみたいで、そんな風に説明してくるけど。  見た瞬間に、ああ、瑛士さんの分も浴衣あったんだな、と頭の隅では思った。びっくりしたのは、浴衣があったことじゃない。  ……ホテルの備え付けの浴衣なんて。誰が着たって同じだと思う。……思ってた。さっきまで。  薄い生地だし。簡単な帯で。全然オシャレな訳でもないし。  ほんと、着て寝るだけのものなはず。 「凛太、似合うね」  そんなことを言いながら、近づいてくる瑛士さんに、オレは、着替えとかお風呂グッズをぎゅ、と握ってしまう。 「ふ、可愛いな」  よしよし、と頭を撫でて、目を細める瑛士さん。  ぎゅうう、と荷物を抱き締めながら。顔を見ていられなくて、俯くと。  目の前には、浴衣の瑛士さんの体。  着崩してるわけじゃない。ちゃんと、普通に、オレと同じように着てる。  ……なのに。  首元の隙間とか……オレを撫でてる、手首とか。  なんだか、異様に目に飛び込んでくる。  な。なんで???  ちょっとパニック。 「お水飲むでしょ。顔、赤いし」  そう言って、冷蔵庫に歩きだす瑛士さん。  違います。  ……熱が引いてから浴衣着たし。……今、赤いのは、もう、瑛士さんのせい……。  なんて言える訳もない。 「あ、はい」  もうなんだか小刻みに頷きながら、とりあえず荷物を片付けてしまおうとしたのだけど。 「凛太?」  オレの返事か動きのどっちかがおかしかったのか、瑛士さんが不思議そうに振り向く。  ……なんかその、振り向く仕草までが、めちゃくちゃ絵になっていて。  ひえ。なに、この人。  固まっていたら、何かが手から転げ落ちた。  あ。洗顔フォーム……。 「どしたの、凛太」  ペットボトルを持って、瑛士さんがくすくす笑いながら近づいてくる。  部屋なんて、ほんとに狭いので、数歩で、目の前だ。  固まってるオレの目の前で、瑛士さんが洗顔フォームを拾ってくれる。 「はい」  抱えた荷物の上に乗せてくれて、ふ、と微笑む。  思わず視線を逸らしてしまうと。 「凛太?」  瑛士さんの手が、オレの頬に触れてきた。 「――っっ」  動けない。体温が、一気に上がる。  もうなんかもう……部屋の穏やかなオレンジ色が、瑛士さんをとっても綺麗に映し出してて。  あ、もう無理。  ぎゅうっと目をつぶった。 「ちょ……離れてください、一回……!」 「えっ?」 「に。荷物、かたづけ、たい……ので」 「――うん。まあ……いいけど」  心臓が、限界を超えそうだったオレは、ふ、と笑いながら手を離してくれた瑛士さんから、急いで離れて、鞄のところに逃げた。  なんだか後ろで、くすくす笑ってる瑛士さんが、ベッドの端に腰かけた気配がする。  ――……見ない見ない。  心に決めて、最大限にゆっくり片付ける。   (2026/5/9) 浴衣瑛士さん…(っ´ω`c)ウフフ。

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