185 / 191

178.反面教師

「凛太のお父さんのことは聞いてるけど……オレ、あんまり父さんの話、してないでしょ」 「……そう、ですね」 「別に――仲が悪いわけじゃないんだけど……まあ、いわゆる仕事人間、なんだよね」  瑛士さんの声は穏やか。敢えてゆっくり、感情を入れずに話している気がして、オレは、黙ったまま頷いた。 「じいちゃんの家は、ずっと昔から医者の家系でさ。小さい地域の病院だったらしいんだけど、高度成長期に病院がどんどん大きくなったんだって。じいちゃんは、利益より患者第一だったみたいで、余計に患者が集まったみたい。でも、そういう経営方針で病院が利益を上げるのは大変でね」 「ああ、なんとなく分かります。入院とかも、早いサイクルでまわした方が、利益率は上がりますもんね」 「さすが。早いね、話が」  瑛士さんは前を見つめたまま、笑いながらそう言った。 「それでも、社会も成長期の中で成長はしていったみたいなんだけど――じいちゃんは、カリスマ院長に祭り上げられていたみたいでね。ただ、利益っていう点では、やっぱりいまいちで――そこで父さんが、薬局事業に目をつけてさ。病院の前に薬局を立てるっていうチェーン展開をしたんだって。それが当たってグループの収益の柱になってさ。今はまあ、巨大グループになってるけど……」 「すごいですね」 「ね。すごいよね。じいちゃんは患者第一で成功して、父さんは利益第一で、まあそれはそれで、すごく成功したんだと思う」 「はい」  なるほど、すごく大きい会社だと思ってたけど、大昔からじゃなくて、急成長した会社なんだ……。とすると、基盤がある、というよりは、これからどんどんいろいろしていくところなんだな。揺るがなそうには見えるけど……。 「父さんは、家にあんまりいなかったな。別に、家族に興味が無かったって感じよりは、忙しかったんだと思う」  なんとなく、分かる気もする。仕事人間の父親の典型みたいな感じなのかも……。そう思いながら頷くと、話が続く。 「尊敬してる部分もあるけど……あんな風になりたくないかなとも思う部分もあるかな」  オレは、ふ、と瑛士さんに視線を向けた。  珍しい、かもしれない。人のことを話す時にちょっとマイナスな感じが。 「不器用なんだと思う。母さんのことも、愛していなかったわけじゃないとは思う。愛人がいる気配も、噂もないし。だけど……態度も言葉も足りなかったと思うんだよね。……寝てる母さんを見るだけじゃなくて、起きてる時に、声をかけなきゃだめだし。オレの学校に来たことはないけど。オレの作った物とか、書いたものとかは見てたりして……子供だったから、なんか違うっていうそれを父さんにはうまく言えなくて……あとになってから、言えばよかったなあとか思ったんだよね」 「――……そう、ですね……」 「結局、母さんの死ぬ時も間に合わなかったんだ。大事な商談でスマホを切ってたせいで。……でもまあ、突然だったから仕方ないって、じいちゃんも思ってるし責めてもない。――オレは、母さんが死んでから、父さんが夜中に一人で、母さんの写真を見てるとこ、見たこともあってさ……だから、別に恨んでるとか、そんなこともない」  瑛士さんの視線はまっすぐ前を見てる。 「ただ、あんまり交流がない、かな」  そうなんだ。……オレの事情とはだいぶ違うけど、でもやっぱり……皆、いろいろあるのかな……。 「だからね。……大事な人には、大事だってことは、ちゃんと伝えるべきだって、思ってるんだよ」 「――」  急に優しくなった声に、瑛士さんを見ると。  一瞬だけオレを見て、ふ、と微笑んでまた前を見る。 「――父さんから学んだ大事なことは、それかなー。反面教師だけど」  苦笑する瑛士さん。  ……反面教師に、できるのは。  それは、瑛士さんが、優しくて、強いからだと思う。  ――だから瑛士さんの言葉や態度は、いつも。  あんなに優しいんだろうかと思うと。  なんだか胸が痛くなって、何も言えなくなる。

ともだちにシェアしよう!