190 / 191
183.一人目の顧客
ちょっと困りながら、嘘にはならないようにと言葉を選ぶ。
「ほんと、偶然の出会い、というか……」
「偶然……って言ったら、全部の出会いが偶然じゃねえ?」
斎藤の言葉に、確かに、と頷いて、なんだか可笑しくなってきてしまった。
「何が不思議って……あのαに出会ってさ、そういう関係になるって、すごい確率じゃねえ?」
「……そうだね、ほんとにそう思う」
契約の関係ならまだあるかもとは思うのだけど。まあ実際そうだったし。でも、今の関係は……確かに本当にすごい確率だと思う。一番高額の宝くじにあたっちゃったくらい?とか。 隕石のかけらがピンポイントに頭上に落ちてくる、くらいとかの確率なのかもしれない。
「なんでお前はそこで、なるほど、とか言ってんだよ」
呆れたように竜が言う。
「――会ってすぐそうなった訳じゃないだろ。縁があって過ごすうちに、だから、確率とかじゃないよな」
「へえ。あぁ、詳しいこと、知ってんの?」
「まーなんとなく? ――凛太の作る料理とか、生き方とかだろうから、確率論にはならないと思う」
「へー……なるほどね。相性がよかったってことかぁ」
「あんな雲の上のαが、選んだんだから、なにかしらないと、だろ」
「はー。なるほど。そうだよなあ……」
オレが一人、確率論で考えて、まあ不思議だよね、と納得していたら。
なにやら竜が、そんなことを言って、斎藤を納得させてくれている。
――料理か……。それこそ、奇跡みたいな偶然だけど。
もしかしたら母さんが、瑛士さんに会わせてくれたのかも。――って、そんなことあるわけがないんだけど、でもそう考えると、何だか幸せな気持ちになれる。うん、だから今は、それでいいかな。
「あ、オレ忘れ物、取りに来ただけだった。人、食堂に待たせてんだった」
斎藤が不意に立ち上がり、机の端にあったノートを手に取った。
「ありがと、メロンパン」
「あ、うん。……ちょっと持ってく?」
「いいの?」
「食べきれないから」
「おーありがと」
じゃーなー、と言いながら斎藤が部屋を出て行き、ドアが閉まると、竜がオレをちらっと見た。
「出会ったきっかけとか、打ち合わせといたら。パーティーまでに」
「えー……あー そうだね、瑛士さんに聞いてみる」
苦笑しながらそう応えると、竜は残ったパン二つを見ながら、「凛太どっち?」と聞いてきた。甘そうな方を取ると、竜がもう一つの方を食べ始めた。
すごくおいしいんだけど、今日めちゃくちゃ甘いもの食べているかも……夕飯のカロリー減らそうかな。でも瑛士さんは普通に食べたいよね。あれ。そういえば今日どうするかは聞いてなかった。――でも昨日忙しそうだったからなあ……と、瑛士さんとのことに考えが飛んでいると、ふと気付いたように竜は言った。
「そういや昨日の学会は? 面白い話あった?」
「あー……うん。まあ。ほんとにマニアックだったけど」
「教授たち、マニアック好きだもんな」
「そうだね」
言いながらくすっと笑ってしまう。
「あー、でも……いっこ変なのあったよ」
「変なの?」
「Ωのフェロモンを分析して、ヒート誘発剤に転換する、みたいな。ヒートが不定期だと不妊につながるから、とか言ってたけどね……」
「――誘発剤ねぇ……」
少し黙った竜が、ぼそ、と呟く。
「目的がそれで、医療機関で出されるならいいけど」
「ねぇ、それだよね」
「どこの研究?」
「オルフェイン製薬」
名前を言った途端、竜は首を横に振った。
「無しだな」
「だよねぇ……」
竜もいろんな噂知ってるみたいだな。って、有名か……。
「そんなのの治験に参加するΩなんていないだろ」
「そうだよね……あ。そういえばさ、その話とは別でね。オレのSNSで相談があったんだけど……Ω用の抑制剤の新薬の話が進んでいるらしくて、全然知らない新しい会社っぽかった。すごく条件良すぎてさ」
「怪しいな」
「ね。だよねぇ」
「Ωの薬は、飲まないといられないって感じだから、いくらΩが少なくたって、需要は結構あるもんな――金が絡むときなくさいしなぁ……」
肩を竦めながら言う竜に、そうだね、と頷く。
すると、竜はふー、と長く息をついてから、オレの目をまっすぐに見つめて言った。
「早く凛太が作った薬、出まわればいいのにな」
「……ほんと。そうなるといいなぁ。――でもさ、運よく作れたとしても、市場は大手が占めてるから、そこからも大変なんだよねぇ……頑張らないとだなあ……」
「とりあえず、オレの病院では使ってやるから」
さらっと言ってから、竜はにやりと笑う。
まるで、当たり前のことのように言ってくれるから、
ちょっと不穏になっていた空気が、ふわ、と軽くなった。
「竜が、一人目の顧客?」
「ああ」
「ふふ。……ありがと」
こういうとこ、ほんと。好きだなあ、竜。
甘いパンに、かぷ、とかみついた。
ともだちにシェアしよう!

