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4 炎の刻印(3)

 立木の間から、すでに酒に酔ったらしい男が三人、こちらへ歩いてくるのが見えた。  先頭の男だけが、額に炎を形どった刺青を入れている。似たようなものを、涼景はよく知っている。犀星も玲陽も、形は違うが、額に紅色で炎を模した刺青がある。玲家直系の血を引く者の証だ。  ということは、先頭の男は、玲陽の義理の兄のうちの一人だろう。年齢からして、自分と同じくらいか。だとすれば、二男の玲博(れいはく)である可能性が高い。残りの二人は、その友人らしく、似た年恰好である。  さすがは玲家に関わる者と見えて、身なりはよく、上等な代物であることがわかる。しかし、中身はそれにふさわしくはなさそうである。その粗暴さは、わずかに覗き見た立ち居振る舞いからも想像できる。  この小屋は、玲陽を暴行するためだけに建てられたのだろう。三人は、涼景には気づかず、疑うこともなく、小屋の入り口にいた玲陽を見て、近づいてきた。  涼景は、壁板のつなぎ目から、中を覗き見た。  三人とも、灯籠と、補充用の油を用意している。部屋の隅にそれらを置くと、部屋全体に光が満ちる。決して広くはない小屋には、それで十分だった。  太陽はまだ沈んではいなかったが、秋の夕暮れは早い。見る間に黄昏が小屋を包んでいく。  壁板の間から見える室内では、玲博らしい男が、手にしていた麻袋から、紐や、棍棒、木槌など、何の繋がりもないような道具を、床にぶちまけた。  玲陽はそれらをみても、身じろぎもしない。すでに見慣れているのか、怯える様子もない。 「また滝に入っていたのか?」  玲陽が羽織っていた襦袢を乱暴に剥ぎ取って、玲博は酒臭い息を玲陽に吐きかける。 「どれだけ聖水に打たれようと、腐れ切ったお前の体は元にはもどらねぇよ」  他の二人も、嫌な笑い声を立てた。 「髪も目も腐れて、その上、全身に男の精液を浴びてるんだ。今更、禊なんかしたところで意味はねぇ」  この言葉を犀星が聞かなくてよかった、と、涼景は心底思った。犀星の性分だ、相手が帝であろうと、斬りかかるに決まっている。 「今日は酒宴だぜ、陽」  玲博の『陽』という呼び声には、親しさよりも侮蔑の色が強い。涼景はたまらずに鼻を鳴らした。 「仕事ナシだ。つまり、わかるな?」  玲陽は表情を変えずに聞いているだけだ。 「壊してもいいってことだぜ?」  涼景は拳を握りしめた。元来、正義感の強い涼景が、この小屋の中で行われようとしている蛮行を見過ごせるとは思えなかった。だが、ここでことを荒立てるのは、玲陽の望みではない。玲陽は十年もの間、ひたすら耐えてきたのだ。自分が出て行って、その全てを台無しにすることはできない。 「飲ませろ」  玲博の指示で、男の一人が、抱えていた酒瓶の口を、直接玲陽の唇に押し当てた。 「少しでいいぞ」  玲博が道具を物色しながら言う。 「そいつは、元々酒に弱いからな。すぐに潰れる」  玲陽は酒を受け、苦しげに身体を震わせた。酒瓶が遠ざけられると、玲陽は激しくむせながら、床に突っ伏した。  食事も取れない状況下、空腹にいきなり酒を注ぎ込まれ、男たちに身体を委ねて苦痛と屈辱を与えられる。  そんな日々を、玲陽は繰り返してきたのか。  自らも、宮中で悪しき習慣の餌食になった経験がある涼景には、考えたくない現実だった。暴力と自尊心を打ち砕く、身体も心も粉砕されていく行為。 「ギャン!」  と、獣じみた悲鳴が、涼景を現実に引き戻した。  隙間から覗くと、陽が右肩を抑えて悶えている。玲博の手には、木槌が握られていた。 「おおげさだな。肩を外しただけだ。手を縛れ」  玲博に紐を渡された男たちは、黙って指示に従う。従う、と言うより、彼ら自身も明らかに楽しんでいる。 「博の兄貴」  赤顔の男がすでに着物をたくし上げながら、 「俺、もう、ダメだわ。一発いいか?」 「おまえは堪え性がないからな」  もう一人の背の低い男が笑う。 「仕方がねぇだろ。さっきの女ども、散々飲み食いしたくせに、ヤらせてくれねぇんだから」  赤顔の男は、玲陽の顔にまたがると、そのまま髪を鷲掴みにして、自分のものをその口に押し込んだ。  息が詰まって、逃れようと首をよじるが、弱りきっている玲陽に、それを退けるだけの力はない。まるで道具のように扱われながら、固く目を閉じ、わずかでも息を吸おうと必死だ。男の逸物が動くたびに、玲陽の薄い喉が脈打つのがわかる。 「容赦ねぇな。そんなに突っ込んだら、窒息するぞ」  何でもない、というように玲博が軽い口調で言う。  我が身の記憶に置き換えて、涼景は刀の柄に手をかけた。その手は抑え難い感情で震えている。  赤顔の男が低く唸って、一際、玲陽の咽頭が蠢き、そこで腰を回す。一通り満足したのか、男が体をどかすと、玲陽は一気に飲み込んでいたものを床に吐き捨てた。 「おいおい」  玲博が呆れたように、玲陽の後頭部を踏みつけた。 「吐く奴があるか。お前は俺たちの精液で生きているようなものだ。ちゃんと舐めろ」 「い、嫌です」 「あん?」  玲博の表情が変わる。  おそらく、今までの玲陽は、彼に逆らうことはなかったのだろう。だが、今夜は違う。これで最後、と玲陽は言っていた。もう、屈辱に耐えるつもりはない。だが、玲博にはそんな事情はわからない。 「舐めろって言ってんだ、クソが!」  胃液と酒と精液の中に乱暴に玲陽の顔を押し付けて、玲博はその残虐性を表した。 「……嫌、です」 「こいつ!」  玲博は軽々と玲陽の体を裏返すと、何の前戯もなく、手にしていた棍棒を後孔に突き刺した。 「ヒッ!」  玲陽が反射的にのけぞる。  玲博は嫌な笑みを浮かべて、一度深く中をさぐってから、勢いよく棍棒を引き抜く。と、涼景の目に、恐ろしい光景が飛び込んできた。  直腸から、もしかするとその奥まで、傷だらけの内臓が飛び出す。さすがの涼景も込み上げた吐き気を堪えるので精一杯だった。  腹の中、めちゃくちゃじゃねぇか……!  涼景は人体の構造を思い出しながら、恐る恐る、玲陽の肉の落ちた臀部を見た。はみ出した内臓の一部に、玲博が小刀を当てる。 「おい、大丈夫なのかよ」  へたばっていた赤顔が、興味深そうに玲陽の内臓を靴でつついた。  背の低い男の方は、流石に、気味が悪いのだろう、部屋の隅で顔をしかめながら、玲博を見下ろしている。 「顔に傷さえつけなければ、何をしてもいい」 「でも、死んじまったら……」 「これくらいで死ぬもんか。こうしておくと、傷口から血が出て、中がいい具合に滑るんだ」  あたりはすっかり日が陰り、小屋の隅の灯籠のあかりだけが頼りである。  その灯りの中で、玲陽と玲博の額の刺青が際立って見えた。  玲家に伝わる謎めいた力の証。  だが、今の玲陽を見る限り、体を壊された瀕死の人間にしか見えない。  玲博が、玲陽の直腸の一部を切り裂く。  その痛みに、血を吐くような悲鳴が空気をつんざいた。  内臓を引き摺り出され、切り傷を負わされた挙句、そこに男を受け入れる。  これは、性的な暴力の域を超えていた。  拷問である。  しかも、拷問すること自体が目的の、異常行為だ。  涼景はいつしか、全身に汗をかいていることに気づいた。  怒りが、彼の理性を限界まで責め立てていく。  だが、玲陽は凄まじい悲鳴を上げながらも、自分の名は呼ばなかった。  一声、呼んでくれさえすれば、すぐに助けに飛び込めるよう、涼景は小屋の入り口に向かう。  全身が憤怒に震えて、感覚が麻痺していくようだ。戦場ですら、こんな思いはしたことがない。  と、小屋の入り口に、うなだれて立っている人影がある。  見張りか? と、一瞬警戒したが、それは、もっと、最悪な人物だった。犀星だ。 「まさか、眠らせておいたのに……」  涼景の薬が効かなかったわけではない。犀星は意識が朦朧としたまま、ただ、玲陽の悲鳴に目を覚ましたのだろう。 「星、ここにいてはだめだ」  涼景は、まるで、何事も起きてはいない、と言うように、犀星を遠ざけようとする。  しかし、刻一刻と、犀星の意識は戻りつつあった。玲陽の悲痛なうめきと絶叫が闇を裂いて走る。  ぼんやりとしていた犀星の目が、次第と光を取り戻し、同時に、表情に狂気が宿る。  まずい!   涼景が思うと同時に、犀星は小屋の扉を開けた。  扉の奥に、犀星は現実を見た。  人とは思われぬほど、粗暴に扱われる、玲陽を。  男たちの男根を口腔に押し込まれ、こぼれた射精液にまみれ、床を引き摺り回され、血が滴る陰部に二人の男が同時に抽送を繰り返す様を。喉が千切れるような悲鳴が、響き渡り、美しい金色の髪が踏みにじられ、気を失いそうになれば、体を蹴り飛ばされて正気に引き戻される。玲陽の目には、絶望だけが色濃く宿る。  あまりのことに動けなくなっていた犀星の手が、ゆっくりと握り締められていく。  玲陽の姿が、犀星の理性を崩壊させる。  お終いだ。

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