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第5話 突然の辞職?
今までの、単なる処理としての行為とは、大きくかけ離れた抱かれ方をした翌日。
俺は体中の違和感や倦怠感を覚えつつ、起き上がった。
布団は綺麗に片付けられ、シーツも体もさらりとしている。
が、カミュがいない。
まあ、気まずいだけだし、別に今は顔を合わせなくてもいいけれど。
けど、いつもは俺の目が覚めれば、真っ先に部屋にくるカミュが来ないのは、ちょっと変だな。
すると、別の使用人がやってきた。
「おはようございます、ラルフ様」
「あ、ああ、おはよう」
そして、いつもカミュがしていたように、着替えを差し出し、水を張った桶を持ってくる。
「え、あの、カミュは?」
すると、その使用人は驚いた顔をした後に
「カミュ様は付き人を辞められて、騎士団に入りました。
今日以降の付き人は私となります。
てっきり昨夜、挨拶されたものだと思っており、申し遅れまして申し訳ございません」
と、顔を真っ青にして頭を下げている。
カミュも俺の事は敬っていたと思うが、この屋敷の者は全員、俺を恐れ、避けていると思う。
なにせ、あの我儘ぶりだ。
俺の前の人格であったにしろ、すごく申し訳ない。
「いや、君は悪くないだろう。
あとでカミュに小言を言っておくよ」
「お心遣い、ありがとうございます」
「うん。これからよろしく頼む」
俺がそう微笑んで言うと、彼は俺を見つめた後、顔を真っ赤にして「よろしくお願いいたします!」と頭を下げた。
やはり、顔が良いというのは得だな。
「それと、カミュにも言ったんだけど、俺もそろそろ自立しようと思っているから、身の回りのことは最低限の範囲で手伝ってもらえると助かる。
何でもかんでもは面倒を見なくていい」
俺がそう言うと、彼は驚いた顔をした後に「かしこまりました。それでは、御用の際はお呼び下さい」と退室した。
物わかりのいい人で助かった。
カミュに最初そう言った時は、しつこく食い下がられて、何度も説得する羽目になった。
カミュ…
どうして急に…、いや、急ではないか。
いつかの、彼とその友人の会話を思い出す。
きっとかなり前から俺の付き人を離れたかったのだろう。
ならばなぜ、「好き」だの「愛している」だのと言って、何度も俺を抱いたのか?
より深く俺を傷つけるための嘘だった…、とか?
信じたくない。
でもまあ、カミュがそれで自由になれるなら良いか。
そう自分を納得させようとしたとき、腹の底から沸々と湧き上がってくる強い感情があった。
「カミュ…、僕から逃げようなんて許さない」
とうにコントロールできていると思った、ラルフの感情が、久々に溢れ出てきていた。
カミュを失うという強い衝撃で、タガが外れてしまったのか!?
俺の体は怒りのままに、部屋を飛び出して、歩を進める。
もしかして…、騎士団の練習場の方に向かっているのか!!?
間違いであってくれ、という俺の願いも虚しく、俺の足は練習場に踏み入った。
「カミュはいるか!?」
大声でそう叫ぶ。
真剣に練習していた騎士たちがざわざわとこちらを見る。
ああ、本当に邪魔をしてしまって申し訳ない。
今すぐにでも頭を下げて逃げ帰ってしまいたかった。
体が言うことを聞かない。
「第二王子殿下、どうなさいました」
騎士団長を務める屈強な中年の男性が見かねて声を掛けてきた。
「カミュを出せ。
この僕に何の挨拶もなく、騎士団に入団したと聞いた。
許すわけにはいかない」
俺の口が勝手に喚き散らす。
こんな怖そうなおじさんにも、いっさい怖気つかずに物申せるところは尊敬する。
でも、今は大人しくしてくれ…
「カミュ…、ですか」
騎士団長は渋い顔をしている。
大方、俺が呼び戻しに来ても相手にするなと言っているのかもしれない。
「第二王子の僕のいうことが聞けないというのか?
不敬罪で断頭台へ送り込んでもいいのだぞ?」
ああ、黙れよ、ラルフ…
俺は、内心頭を抱えていた。
「だ、そうだ。どうするんだ、カミュ」
流石は騎士団長。
ガリヒョロのラルフには一切怖気づいていない。
が、その飄々とした態度に、ラルフの怒気は高まる。
人々の波間を縫って、カミュが現れた。
びっくりするほど表情が抜け落ちていて、恐怖を覚えた。
そりゃ怒るよね!!!
が、ラルフは怯まない。
「僕に挨拶もなく、辞めます、はあまりに非常識じゃないかい?」
「はぁ。先に辞めていいとおっしゃったのはラルフ様ですよね」
「…、言ったが、急に辞めるのはどうかと思う」
「はぁ…」
カミュは再びため息を吐くと、騎士団長に「初日から申し訳ございません。少々、殿下と話してきてもよろしいでしょうか」と断った。
「ああ。かまわないが…、ちゃんと話をつけるように」と、騎士団長は渋い顔をしている。
「先輩方も、お騒がせして申し訳ございません。失礼します」
そう言って頭を下げると、「殿下、こちらへ」と先導した。
「お前がこの僕に命令するとはいい度胸だな」
後ろをついていきながらも悪態をつく。
良いところで立ち止まったカミュは、振り返り、能面のような顔で僕を見下ろした。
「もう、殿下の付き人ではないので」
ずきりと心が痛んだ。
「…、そうか。そう言うなら僕も手段を選ばない。
首を刎ねられたくなければ、今すぐ僕の部屋に来い」
そう言って俺は、ずんずんと自分の部屋に向かって歩く。
手段を選ばないって、一体ラルフは何をする気なんだ?
肝心のカミュはため息を吐くと、渋々、俺の後ろをついてきているらしい。
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