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第6話 言いなりにはなりません
俺は自室に入るなり、部屋に鍵をかけてソファにどっかりと腰を下ろす。
前まではすぐに横に立っていたカミュは、ドアの前に突っ立っている。
「…、自分の立場を忘れたのか?」
俺の口がため息交じりに言った。
立場も何も、もう付き人ではない。
それに、カミュが俺の元から離れたいのなら、俺は喜んで送り出すべきだ。
「立場…、と言われましても、俺はもうラルフ様の付き人ではございません。
それに、早く訓練に戻らないとなりません」
突き放したような言い方に胸がズキリと痛んだ。
ジッとカミュを睨み上げるが、彼は冷静な顔で見つめ返してくる。
普段なら、目が合えばすぐに近くまで来るのに。
俺は…、というか、俺の意志に反したラルフはつかつかとカミュの元まで歩み寄る。
「僕に歩かせるとはずいぶんと良い度胸だ。
不敬罪に処してもいいんだぞ?」
そう言っても、カミュは全く怯まない。
「そうなったらそうなったです。
もう…、ラルフ様の言いなりではございませんので」
「っ…」
俺は唇を嚙みしめる。
このラルフという男は、口では散々「不敬罪だ」とか「首を刎ねるぞ」とか言い散らしているが、実際にそうなった者はいない。
勿論、そうしようと思えばできるだろうが、そこは小心者らしい。
俺としては有難いけれど。
大量虐殺者に転生だなんて御免だ。
しばし、にらみ合う。
が、ラルフは溜息を吐いて言った。
「お前の意志はよく分かった。
もう勝手にするといい。
お前なんか、こっちから願い下げだ」
静まり返る部屋。
「でていけ」
「…、鍵を開けて頂いても?」
「~~!!」
俺は恥ずかしさや怒りで顔を真っ赤にしながら、自室のカギを開ける。
「失礼します」と華麗に一礼して、カミュは颯爽と出て行った。
本当にもう、カミュは俺の事なんかどうでもいいんだな。
そう思うと少し泣けた。
でも、俺はそこそこ社会人経験のある32歳だ。
このくらいの事…、皆の前で叱責されたり、人格否定をされたり、それよりは全然マシだ。
俺は心を切り替えて、執務に専念した。
なにせ、前世での仕事よりも大いに責任感のある仕事だ。
1週間、2週間と日々は過ぎ去る。
カミュとは1度も顔を合わせていない。
が、人づてにかなり優秀だと聞いた。
最年少で役職に就くかもしれないとも。
やはり、俺なんかが縛りつけて良い人材ではなかったんだな。
そして、俺は悩み事を抱えることになった。
眠れないのだ…
今までは仕事して、溜まれば抜いて、それで満足に眠れていたのに…
抜く…、ことで満足できないようになっていた。
人の…、可能ならカミュの、肉棒が欲しい。
もちろん、権力を使って張り型なるもの(前世で言うところのディルドだ)を手には入れたが、物足りない。
むしろ、虚しくて心が萎えてしまう。
そんな肉欲が渦巻き、どうにもならないある日の深夜、俺は自室を出た。
あの付き人の青年…、俺を抱いてはくれないだろうか?
いや、セクハラだということは分かっている。
断られたら潔く諦めるし、俺が気持ち悪く感じるなら付き人を解任しても良い。
でも、俺が着替えるときや目が合ったときなんかに、顔を赤らめる場面が何度かあった。
可能性が0というわけではないだろう。
…、と思ってしまうのは俺が非モテだからだろうか?
いや、非モテだったのは前世の話。
今は美しい顔が備わってるし、いけるべ。
なんて自分を鼓舞しながら廊下を歩く。
「何をされているのですか?」
不意に背後から声がかかり、俺は「ぬわっ!?」と悲鳴を上げて飛び上がった。
そのまま地面に頽 れる。
慌てて顔を上げると、ランタンを持ったカミュがいた。
久々に顔を見た~、なんてぼーっとしていると「で、どこに行くんですか?」と聞かれた。
「どこって…、その、付き人の部屋に」
「こんな時間に、ですか?」
何でこんな風に詰められなきゃいけないんだ!?
カミュは俺の事なんか興味ないんだろ?
「いや…、その、最近眠れないから」
はっきりというのも憚られて、俺は語尾を濁した。
が、カミュは察した様で大きなため息を吐く。
「本当に…、ラルフ様の性欲には少々不安になります。
あんな醜態を新しい付き人に見せる、と?
逃げ出しますよ。
それどころか、男狂いのど変態だと噂になります。
一国の王子として、それはどうかと」
図星をビシビシと突かれて俺は項垂れた。
確かに恥さらしではある。
「でも、どうやったって眠れないんだ。
手を使うのはもちろん、最近では張り型や淫具を使ったりもした。
けど、だめなんだ…」
「張り型や淫具…?」
「そうだ。俺の指では、中は…」
「少々、躾けすぎたな」
「…え?」
躾けすぎたってなんだ?
そう思って聞き返すが、「いや」と濁された。
っていうか、俺の暴露のせいでとんでもない空気なんだけど。
いったん、部屋に戻ろうか…
不意にカミュの手に目が吸い寄せられる。
俺の手と違って、武骨だけれどまっすぐに伸びた長い指。
俺の善いところを的確に突いて、後ろを暴いていく手…
その手を見ただけで強烈に欲情してしまった。
そしてそれが…、再び元のラルフを蘇らせた。
「部屋に来い」
口が勝手に動く。
「…、今、巡回中なんです。
仕事中ですので」
そう言って踵を返そうとするカミュに、俺は「部屋まで送ってくれないのか。騎士ってのは随分と冷たいんだな」と言葉をぶつける。
「…、分かりました。お部屋の前までお届けしましょう」
そう言ってカミュは俺を立たせて、並んで歩いてくれた。
勿論、会話はない。
「それではここで」と、部屋の前で立ち止まったカミュを、ラルフは自室の方へ突き飛ばした。
屈強なカミュと言えど、急に成人男性に押されたのだから、バランスを崩す。
ラルフの思惑どおり、カミュを自室に招き入れる(?)ことに成功した。
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