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第2章 (5)

「儂らん目ぇ盗んじ、ふたりしちコソコソといやらしいことしちょった。男同士じ付き合うもなんもあるか、気持ち悪い(いびしい)。人んよさそうなふりしち、恐ろしい(おじい)ことや。莉音はこん男に(たぶら)かされちょんのや」 「誑かされてない! これ以上アルフさんを悪く言わないでっ」  興奮するふたりをまえに、祖母は困惑した様子を見せた。 「君恵さん、最後の最後でこんなことになってしまって申し訳ありません。せっかくいらしていただいたのに」 「ヴィンセントさん、いまさら紳士面せんでんいい。あんたん本性は、よぉくわかったけんな」 「おじいちゃん!」  完全な修羅場になってしまっている事態に、祖母はどうしたらいいかわからないようだった。 「いったいこりゃあ、どげな……」 「もういいっ! こげなところにはこれ以上いられん。君恵、いますぐ出ちいくど。早う支度せんか!」  祖父は喚いた。 「お父さん、そげな急に(はなち)……」 「莉音、おまえもだ。こげなところにはこれ以上預けちょけん。大分に連れち帰る。一緒に来んか!」  乱暴に腕を掴まれて莉音は抵抗した。 「やだ! 僕行かないからっ」 「ダメだ(つまらん)! 絶対に許さんけんなっ」 「武造さん、どうか落ち着いてください。莉音も」  莉音の腕を掴んで放さない祖父を、ヴィンセントはなんとかなだめようとした。祖母も、お父さん、とあわてて止めに入ろうとする。それが余計に祖父を逆上させた。 「白々しいことぅ。なにが落ち着いちだ! ヴィンセントさん、あんたに止むる資格があるわけなかろう! あんたみたいな男に、うちん孫は預けられんち言いよんのやっ」  ほら、来い!と祖父は莉音を引っ張る。 「ヤダってば! 僕、絶対行かないっ。なんでわかってくれないの? 僕もアルフさんも、悪いことなんてなにもしてない。ただ人を好きになることが、そんなにいけないこと? 認めてほしいなんて言わない。でも僕たちのことは、もう放っておいて!」 「なにゅ言うかっ。おまえん身内はもう儂らだけなんやど? 放っておける(ほたっちょける)わけがなかろうが! おまえはこん男に好きなだけ弄ばれち、そのうち捨てらるるんや。目ぅ覚まさんかっ!」 「アルフさんはそんなことしない! だったら僕、身内なんていらない。おじいちゃんたちとは縁を切るっ」 「莉音っ!」  声をあげたのはヴィンセントだった。思いがけない厳しい口調に、莉音だけでなく、祖父もまたハッとする。それは、いままでに聞いたことがない声だった。 「莉音、そんなことを言ってはいけない。武造さんに謝りなさい」  突然の叱責に、莉音は耳を疑った。 「あ、え……? アルフ、さん?」  これまで恋人が、自分に対して声を荒らげたことは一度もなかった。いつも穏やかで、優しくて、不機嫌そうな様子を見せたことさえなかった。その彼が、さんざん理不尽で失礼な態度をとりつづけた祖父の肩を持ち、あまつさえ、自分に向かって謝れという。 「アルフさん、ど、して……」  自分がなぜ叱られる側になっているのか、理解できなかった。  なにも悪いことはしていない。むしろ一方的で理不尽だったのは、祖父のほうだった。自分はそれを止めようとした。だが、祖父はまるで聞く耳を持ってくれなかった。  来春からは、ふたたび調理の専門学校に通うことになっている。抗わなければ、自分の将来はメチャクチャになってしまう。なにより、大切な人を、これ以上侮辱されるのは我慢できなかった。  自分たちの関係を認めてもらえないのならばしかたがない。祖父たちとの関係を断ち切ってでも自分の将来と大切な人、守るべきものを優先させようと思った。それなのにヴィンセントは、祖父の暴挙を受け容れて、自分のほうを咎めている。  ヴィンセントが、なにを考えているのかわからなかった。  いやだ、絶対に謝らない。自分はなにも悪くない。ただ、はじめて人を好きになっただけ。  頭にあるのはそれだけだった。

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