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第2章 (6)

「武造さん、君恵さん、本当に申し訳ありませんでした」  茫然とする莉音にかわって、ヴィンセントがふたたび頭を下げた。 「こうなっては私の顔も見たくないというお気持ちもわかります。世話になることさえ、お嫌でしょう。ですが、時間も時間です。午前中のうちには出発されるのですから、今夜はどうかこのまま、この家に留まってください。もしどうしても抵抗があるということでしたら、私が家を空けますから」 「アルフさんっ!?」  驚く莉音には目を向けず、ヴィンセントは祖父母の説得をつづけた。 「私には近くに所有する物件もホテルもあります。ですから、おふたりはどうぞこのまま、ご出発の時間までこちらでお過ごしください」  渋い顔を崩さない祖父に、ヴィンセントは淡々とした口調でさりげなく付け加えた。 「それから大分行きの航空券ですが、莉音のぶんは、こちらで用意させていただきます」  思いがけないそのひと言に、莉音は愕然とした。自分の耳にしたことが信じられなかった。  ヴィンセントはいま、なんと言っただろうか。  莉音のぶんの大分行きの航空券を用意する。それは、自分たちの関係を清算すると、つまりはそういう意思表示にしか思えなかった。  まさかそんな……。 「アルフさん、あんた、そりゃあ……」  莉音だけでなく祖父もまた、ヴィンセントの言葉に目を剥いていた。ヴィンセントに対する呼びかたが、名前に戻っていることにも気づいていないようだった。 「そりゃあつまり、自分たちんことが儂らにバレち、面倒になったけん莉音んことぅ厄介払いすると、ようするにそげなことか?」 「そうではありません。そういうことではなく、この件については――」  ヴィンセントが祖父に向かってなにごとかを説明している。だが莉音の耳に、その内容は入ってこなかった。  自分たちの関係がバレて面倒になったから、厄介払いをすることにした。  祖父の言ったことだけが頭の中で繰り返し浮かんでは消えた。  違う。彼はそんな人間じゃない。そう思うのに、ならばなぜ、自分を大分に行かせようとしているのかと、そこで思考が止まってしまう。  一度にいろいろなことが起こりすぎたせいで、極度の興奮状態に陥っていて物事を冷静に考えることができなかった。そのくせ、感情だけは次から次から溢れて抑えることができない。  祖父に向かってヴィンセントはまだ、なにか説明をつづけている。だが、その内容が言葉として莉音の中には入ってこなかった。ただ悲しくて、苦しくて、息をするのもままならなかった。  大粒の涙がボロッと零れ落ちる。 「莉音ちゃん」  気づいた祖母に声をかけられた瞬間、莉音は身を(ひるがえ)した。 「莉音!」  ヴィンセントの声が耳に届いたが、莉音はかまわず、階段を駆け上がった。そのまま自室に飛びこんでドアを閉める。後ろ手に閉めたドアにもたれかかり、ズルズルと崩れ落ちるように座りこんだ。  噛みしめた口唇のあいだから、嗚咽(おえつ)が漏れた。悔しくて、悲しくて。

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