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第2章 (7)
この一週間、とても楽しかった。ついさっきまで、これ以上ないほど幸せだと感じていた。ほんのわずかな時間で、事態が急変するだなんて思いもしなかった。
理性が感情の奔流に呑まれてしまって、なにも考えることができない。
祖父に自分たちの関係を知られてしまった。その結果、その関係を頭から否定され、気持ちが悪いと吐き捨てられた。ヴィンセントを守ろうとしたにもかかわらず、そのことを当のヴィンセントに咎められ、自分を大分に行かせると勝手に決められてしまった――
思い返すうちに、だんだん怒りが湧いてきた。
いったいなんの権利があって、彼にそんな決定が下せるというのか。
たしかに莉音はヴィンセントに雇われている。仕事をつづけられるかどうかは彼の気持ち次第である。だが、だからといって莉音のなにもかもを決めていいわけではない。恋人の立場だとしても、そこまでの権限はない。それなのに、どうして自分の大分行きを、彼の一存で決められなければならないのだろう。
思ったタイミングで、ドアがノックされた。
「莉音、私だ。話がしたい。ドアを開けてくれないか」
落ち着いた声がして、それが余計に癪 に障った。自分は彼のせいで、こんなにも気持ちが掻き乱されているというのに。
立ち上がった莉音は、勢いよくドアを開けた。その反応に、ヴィンセントがちょっと驚いた様子を見せた。あまりにも早くドアが開いたことと、その開けかたが乱暴だったことに驚いたのだろう。
「なんですか?」
自分で思っていたよりも、遙かに不機嫌でそっけない声が出た。ヴィンセントはそれに対しても、わずかに戸惑った様子を見せたが、すぐに思いなおしたように用件を告げた。
「その、武造さんたちにはなんとか思いとどまってもらって、このまま朝まで滞在してもらえることになった。私もわざわざ家を空ける必要はないと言ってくれたが、こんな状況で食卓を一緒に囲むのは気詰まりだろう。出掛けに挨拶だけはさせてもらうが、朝食は遠慮させてもらって、私は早めに仕事に――」
「どうして勝手に決めちゃうんですか?」
ひどく感情が昂ぶっていて、まともに話せる状態でないことはわかっていた。それでも言わずにはいられなかった。
「たしかに僕は、アルフさんの好意でお仕事をさせてもらってます。アルフさんにクビだって言われてしまったらそこまでで、この家を出ていかなきゃならないのもわかってます。でも、だからといって、なんでアルフさんが僕の大分行きを決めちゃうんですか? クビになってここを出ていくことまでは納得できても、その先をどうするかについては自分で決めます。アルフさんに指図されるおぼえはありません!」
「莉音、待ってくれ。そうじゃない。だれもクビにするとは言ってない。それ以前にこの家のことは、私のほうから莉音に頼んでしてもらっていることだ」
ヴィンセントはなだめるように言った。
「大分行きの件については、莉音の意見を聞くまえに了承してしまって申し訳なかったと思っている。だがこうなった以上、今日明日のうちに我々のことを武造さんたちに納得してもらうのは難しい」
「だから僕が大分に行くんですか? そんなの理由になってません。アルフさんだって、さっき聞いてたでしょ? どんなに時間をかけたって、おじいちゃんが僕たちのことを理解してくれることなんてない。僕が大分に行っても無駄なんです」
「そんなことを言ってはいけない。武造さんと君恵さんは、莉音にとって唯一の肉親で、ふたりとも莉音のことをとても大切に思ってくれている」
「そんなの僕だってわかってます!」
莉音は声を荒らげた。
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