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第2章 (8)

「でも、僕だって将来がかかってるんです。来年から専門学校に通いなおすためにいろいろ準備してるのに、アルフさんはそれを全部なかったことにして、大分でやりなおせって言うんですか? 取得できる資格とか学校ごとの特色、講師の顔触れ、卒業後の進路の傾向、学費とそれ以外にかかる費用。そういうのひとつひとつ調べて、自分にとってどこに通うのが最適か慎重に吟味して、そうやって選択肢を絞りこんできたこと全部白紙に戻して、知らない場所で、また一から情報を集めて検討しなおせって!」 「莉音、どうか落ち着いてほしい。将来のことも武造さんたちのことも、私は莉音に後悔のない選択をしてもらいたいと思ってる。もちろん、我々ふたりのこれからのことも含めて。だが、そうするためには莉音も武造さんも、もう少し冷静になって考える時間が必要だ。大事なことだからこそ、その場の勢いで結論を出すべきではない。私も我々のことを武造さんたちに認めてもらうために最善を尽くしたいと思ってる。そのためにも時間的猶予が――」 「だからそれがおかしいって言ってるんです!」  莉音は()れたように声を尖らせた。これ以上言うべきではないとわかっているのに、言葉を止めることができなかった。 「どうして僕とおじいちゃんの問題を、アルフさんが解決しようとしてるんですか? 恋人だから無関係じゃないっていうなら、僕とアルフさんでどうすべきか考えていくことですよね? それなのにアルフさんは、僕のためだ、ふたりのためだって言いながら、僕の意見も聞かずにひとりでどんどんいろんなことを決めて、どうにかしようとしてる。アルフさんが僕のことを心配してくれてることはわかります。自分がいま、冷静じゃないことも。アルフさんに比べて人生経験が足りない未熟な人間だってことも、ちゃんとわかってます。でも、さっきも言ったように、ふたりのことなら、まずふたりで話し合って決めるべきなんじゃないですか? なんでふたりのことなのに当事者の僕を蚊帳(かや)の外に置いて、ひとりで解決しようとするんですか? 僕はアルフさんのなんなんですかっ?」  まくしたてるうちに、自分がなにに対して腹を立てているのかをようやく理解した。悔しくて涙が滲む。 「僕は世間知らずの子供で、アルフさんから見たら危なっかしいって思うのもわかります。現にいまだって感情に振りまわされて、全然冷静に話をすることもできない。でも、だからっていって、無力なまま大事なことは全部アルフさんに背負わせて、大切な人も、自分の人生も守れないのはいやなんですっ」 「莉音……」  莉音は口唇を噛みしめると、ヴィンセントをグッと睨み上げた。 「僕、チケットが取れ次第、大分に行きます。でも、それはアルフさんやおじいちゃんに言われたからじゃありません。自分の意思で決めました。このままアルフさんのそばにいたら、頭を冷やして考えることができそうにないから離れます。チケットも、いただいてるバイト代で自分で買えるから大丈夫です」 「りお――」 「僕、すごく怒ってるから、これ以上お話しすることはなにもありません。アルフさんもいっぱい反省してください!」  莉音に向かって伸ばしかけたヴィンセントの手が途中で止まる。ヴィンセントはやがてその手を下ろすと、言葉少なに「わかった」と呟いて部屋を出て行った。

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