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第3章 第1話(1)

 窓の外を見やると、大きな入道雲がひろがっていた。  蝉の声が周辺一帯に響きわたっている。木々の緑と照りつける陽射しを眺めながら、今日も夕立になりそうだなと莉音はぼんやり思った。  祖父母の家は、大分県西部にひろがる九重(くじゅう)連山麓付近の一角に位置する。莉音がこの家に来てから、すでに二週間が過ぎようとしていた。  子供のころに何度か来たことがあるが、成長するにつれ訪ねることはなくなり、かれこれ十年ぶりの訪問となった。とはいえ、遊びに来ているわけではなく、滞在期間もいつまでになるのか、いまのところ不明。祖父との関係はぎくしゃくしたままで、慣れない土地柄、慣れない環境に気疲れする毎日だった。  ヴィンセントに大分行きを告げた直後、莉音はほとんどやけくそになって航空券のチケットを予約した。運良くと言おうか悪くと言おうか、祖父母の予約していた便に空きがあったため、夜のうちに荷造りをして、朝にその旨をヴィンセントに告げると、そのまま出てきてしまった。  なんだかもう、どうしてこんなに意固地で、聞きわけのない子供のようなことをしているのだろうと自分でも情けなくなる。ヴィンセントのまえで、自分のことは自分で決めると大見得(おおみえ)を切ったくせに、半月が経とうとしているいまも、なにも手につかない状況がつづいていた。  祖父母の家は、山間部の中腹に位置している。そのため、町へ出るにも車移動が必須だった。免許のない莉音は、必然的に地元のバスを利用する以外に交通手段がないわけだが、そういったものを利用しようと思うと、今度は人目が気になった。  母同様、父もひとりっ子で、莉音には伯叔父母(おじ・おば)従兄弟姉妹(いとこ)と呼べる存在はいない。それでも佐倉家の親類縁者はわりと近場に住んでおり、地元の付き合い自体が密なので、近隣の人々は皆、顔見知りだった。住民以外の人間は目につきやすく、噂にもなりやすい。現に、どういうひろがりかたをしているのかは不明だが、莉音の存在は、祖父母の家に到着した翌日には周辺住民全員の知るところとなっていた。  余所(よそ)の人間はただでさえ目立つというのに、四分の一とはいえ、莉音には外国の血が混じっている。いまどきめずらしいことではないと思うのだが、人間関係が閉じた集落にあっては、莉音の存在はことのほか注目を集めた。  これまで長期で家を空けたことのない祖父母が、一週間ものあいだ不在にして孫を連れて戻った。ものめずらしさもあってか、近所の人たちが入れ替わりに訪ねてきては、挨拶という名目で莉音を観察していった。気晴らしにちょっと周辺を散歩と思っても、見知らぬ人たちに『武造の孫』として頻繁に声をかけられる。一挙一動を見られているようで落ち着かず、いくらもしないうちに出歩くことはしなくなった。

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