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第3章 第3話(4)
「なにバカ言いよん。結婚せんかったら赤ん他人やろうが。おおかた、おまえみてえなやかましいおばさんの相手、莉音くんみたいな上品な子に務まるかいな。莉音くんにだって選ぶ権利っつうもんがあるわ」
遠慮のない達彦の物言いに、優子は目を剥いた。早口で声高なふたりのやりとりは、莉音には喧嘩腰に聞こえる。夫婦仲に亀裂が入るのではとハラハラした。だが、そんな心配も束の間。優子は突如、豪快に笑い転げた。
「そりゃそうやわ。たしかに莉音ちゃんにも選ぶ権利があるよねえ!」
あっはっはっ!と大口を開けて笑う優子に、達彦はやれやれと嘆息した。その隣で、義父の達夫もあきれたように苦笑いしている。
「選ぶ権利がどうん言うまえに、まずは都会ん人 に田舎ん暮らしは合わんやろ。田舎ん人間だって、若え者 はみんな、都会に出ち行くんやけん」
達夫の言葉に、優子は「あ~、そりゃたしかに」と同意した。
「莉音ちゃんなんてとくに、東京生まれ東京育ちん生粋 ん都会人やけんねえ。田舎ん水は合わんか」
「え、いいえ、そんな……」
優子は「いいけん、いいけん」と笑った。
「そもそも莉音ちゃんみたいな素敵な子、周りがほたっちょかんよねえ。田舎に埋もれさするにはもったいなさすぎる。あ、でもね、そんぐらい莉音ちゃんのこと、気に入ったっちゅうとは本心やけん――あ、達哉 や」
莉音がなにかを言うまえに着信音が鳴って、優子は電話に出た。
「もしもしぃ? なにぃ、あんたから電話なんてめずらしい。っちゅうか、仕事中やねえん?」
『いま外回り中ちゃ。ってか母ちゃん、あん写真、なに!?』
スピーカーにしているため、相手の声が莉音たちにも筒抜けである。優子は携帯をテーブルに置いたまま通話をつづけた。
「あ、見た見たぁ? へっへっへっ、いいやろう。いま、タケ爺 んとこお呼ばれして、夕飯ご馳走になっちょんのやけど、すっごい うめえっちゃが。これね、全部莉音ちゃんが作ってくれたんやって。あ、莉音ちゃん、あんた憶えちょる? タケ爺んお孫さん。あんたん小学生んときん初恋ん相手」
『ちょっ……、母ちゃんっっっ!!』
通話相手、優子の息子氏は、母の言葉にあわてふためく。莉音は少し、気の毒になった。
「莉音ちゃんねえ、いま大分 に遊びに来ちょんのちゃ。小せえころもお人形さんのごつ可愛 らしかったけんど、ひさしぶりに会うたら腰が抜くるような美人さんになっちょって。オマケにこげな料理上手! 男ん子でんいいけん、うちにお嫁に来ん?って勧誘しちょったところ」
『はあっ? なんやそれ。そげなん失礼やし、言われてん迷惑やろ』
「そうなんちゃね。なによりもまず、あんたにはもったいねえっちゅうことで撤回することにしたわ」
『ふざけんな 、クソババア! 俺にも失礼やわっ』
怒鳴ったタイミングでスマホを手にとった優子が、莉音に身を寄せて画面を向ける。どうやらビデオ通話だったらしく、まともにお互いの目が合ってしまった。
『あ……っ』
さらに母に暴言を吐こうとしていたらしい相手の顔が固まる。莉音もどうしたらいいのかわからず、オロオロとしてしまった。その横で、一緒にワイプに入りこんでいる優子が勝ち誇ったようにほくそ笑んだ。
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