55 / 90

第7章 第3話(5)

「それで一緒に打開策を考えようじゃないのって、ことの経緯を聞いたら完全にやらかしちゃってるんだもの。そりゃハニーちゃんが怒るのも当然よって頭抱えちゃったわ。仕事ではいっさい隙を見せないパーフェクトなアルフでも、好きな相手のことになると冷静さを欠いちゃうのねって、びっくりしちゃった」 「茉梨花……」  苦い顔をするヴィンセントに、茉梨花は肩を竦めた。 「ごめんなさい、いろいろ言いすぎちゃったかしら。でも、正直他人事じゃなかったのよね。あたしもアルフの立場だったら、おなじことやらかしそうで」  だからね、とふたたび莉音に視線を戻して身を乗り出してきた。 「まずはハニーちゃんに誠意を見せるために、男としてのけじめをつけなさいって言ってやったのよ」 「けじめ、ですか?」 「そうよ。ことの発端はハニーちゃんのお祖父さまに、男同士の関係を否定されたことでしょ? 付き合うだけならともかく、生涯をともにするつもりなら、本人たちだけで済む問題じゃないもの。ふたりが幸せならそれでOKなんて甘い考え、許されるわけないでしょう?」  茉梨花の言葉を聞いて、莉音は傍らの恋人に視線を向けた。  今日、アメリカから帰国したその足で大分まで飛んできてくれたヴィンセント。  仕事ではなく、所用で渡米したと言っていた。 「母に、会いにいっていたんだ」  ヴィンセントは静かに告げた。 「莉音とのことを打ち明けて、今後のことについても話してきた」  莉音の心臓が、跳ね上がった。  鼓動が急激に早くなり、手足が冷たくなって汗が滲む。 「……お母様は、なんて?」 「最初はとても驚いていた。私が選ぶ相手は、女性だと思っていたようだから。だが、いろいろ話すうちに納得して、最後には理解してくれた」 「ほんと、に?」 「本当だ。今度は莉音も一緒に連れて帰ってくるよう言われた。楽しみに待っているからと」  その言葉を聞いた途端、涙がこみあげてきた。  報道は、その間にされていたらしい。早瀬と茉梨花、双方から連絡を受けて、飛んで帰ってきたとのことだった。  数日連絡が途絶えていたのは、そういう理由だったのだとようやく理解できた。 「ごめん、なさいっ。本当は僕も、一緒に行かなきゃいけなかったのに……、僕たちのことなのに、ぜんぶっ、アルフさんひとりにさせちゃったっ」  口許をふるわせ、しゃくりあげる莉音にヴィンセントは腕を伸ばし、穏やかな表情で躰を引き寄せ、頭を撫でた。 「いいんだ、まずは私から話しておくべきことだったから。本当は、もっと早くにそうすべきだったんだと思う」  仕事にかまけるふりで、ずっと先延ばしにしてしまった。だから今回は、いい機会になったとヴィンセントは言った。 「茉梨花、君にも感謝している。君が背中を押してくれたおかげで、いろいろ覚悟を決めることができた」 「いいのよ、大事な友達のためだもの。いくらだって力になるわ。まあそのおかげで、激励の最中に感極まっちゃったところを切り取られて報道されちゃったんだけど」 「君はちょっと、ひとつのことに夢中になってしまうと、周りが見えなくなるところがあるからねぇ」  割りこんできた声に振り返ると、部屋のドアが開いてコックコートに身を包んだ人物が現れた。 「雅弘(まさひろ)!」  茉梨花が嬉しそうな声をあげた。すかさずヴィンセントが席を立つ。莉音も急いで涙を(ぬぐ)い、立ち上がった。 「この度は私事(わたくしごと)でいろいろお騒がせすることになってしまい、申し訳ありませんでした。ご挨拶が遅れましたことも重ねてお詫び申し上げます。ヴィンセント・インターナショナル代表を務めております、アルフレッド・ヴィンセントと申します」  深々と頭を下げるヴィンセントに(なら)って、莉音も一緒に頭を下げた。 「ああ、これはご丁寧に恐れ入ります。『Un Départ(アン・デパール)』オーナーの桂木(かつらぎ)雅弘です。お食事の途中ですから、どうぞお楽になさってください」  シェフ直々にうながされ、あらためて席に座りなおしたところで担当の男性スタッフが空いた皿を下げ、ポトフとガレットをヴィンセントのまえに置いて下がっていった。

ともだちにシェアしよう!