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第7章 第3話(6)
「軽めのものをというご要望でしたので、こちらをご用意させていただきましたが、もう少し追加されますか?」
「いえ、もう充分です。美味しくいただいています」
「お口に合えば嬉しいです。ところでこんな格好で失礼とは思いますが、差し支えなければ、このままご一緒させていただいてもかまわないでしょうか?」
「もちろんです。私からもあらためて今回の件について、ご説明とお詫びをさせていただきたいので」
「いらないわよ、そんなの。彼にはあたしから、ちゃんと全部説明してあるんだから。それよりこれから、もっと大事な話をしなきゃいけないでしょ」
「しかし――」
「いいったらいいの! いくら許可をいただいてても、あまり遅くまでハニーちゃんを引き留めておくわけにはいかないでしょ? また心証悪くするわよ?」
「それはそうだが……」
大事な話?
莉音は一瞬気になったが、茉梨花はいいからいいからと手を振って、隣に座った桂木に向きなおった。
「仕事はもういいの?」
「ああ、あとはスタッフに任せて大丈夫」
「そう、お疲れさま。今日のクレープシュゼットも絶品だったわ。こちら、アルフのハニーちゃん、佐倉莉音くん。可愛いでしょう? 彼もあなたのクレープ、とっても気に入ってくれたわよ」
それはありがとうございますと笑顔を向けられて、莉音は気をとられかけていた注意をいったん戻し、恐縮しながら挨拶をした。
「はじめまして、佐倉莉音です。茉梨花さんに勧めていただいたデザート、堪能させていただきました。本当に美味しくて、感動しました。ありがとうございました」
「ハニーちゃんも料理人目指してるんですって。相当の腕前らしいわよ。それでアルフのハートも、胃袋ごとゲットしちゃったの」
「あ、いえ、全然そんな……。来年から専門学校に通う予定の素人なので」
プロの一流料理人のまえでとんでもないと莉音はあわてる。だが桂木は、ニコニコとしていた。
「市のイベントで、料理教室の講師を務められたそうですね。評判は私の耳にも入ってきていますよ。お若いのに立派です。私が君ぐらいの年のころは、まだ将来の目標もさだまらず、フラフラしてましたから」
なにかあればいつでも相談に乗りましょうと言われ、莉音は頭を下げた。
「ありがとうございます。とても心強いです」
茉梨花の表情を見れば、彼女がどれほど真剣に桂木を想っているのかよくわかる。茉梨花は自分の肩書きや立場のせいで気持ちを信じてもらえなかったと言っていたが、何度告白されても断りつづけたという桂木の思いが、なんとなくわかる気がした。
一流ホテルで腕を磨き、いまはこうして独立して自分の店を構えている。茉梨花やヴィンセントのように目を引く美形というわけではないが、その言動からも穏やかな人柄が窺える、好ましい人物だった。
だが、茉梨花の年齢はおそらく三十前後。そして桂木は、若くても四十代後半。場合によっては五十代半ばということもあるかもしれない。
自分とヴィンセントは、同性という部分で世間一般には憚 られる関係だが、桂木の場合、親子ほども離れた年齢差が障壁となったのだろう。
自分が桂木の立場であったとしても、おそらく拒んだのではないだろうか。
それでも愛を貫いて成就させた茉梨花を、素直にまぶしいと思った。
熱愛報道に惑わされることなく自分がヴィンセントを信じたように、桂木もまた、茉梨花を信じる気持ちが揺らぐことはなかったに違いない。
「さあ、ようやくみんなそろったところで、ここからが本題よ」
全員の注意を攫うように茉梨花が言った。
先程の『大事な話』に繋がることらしいというのはわかるが、それがなんなのか莉音にはわからない。自分はここにいていいのだろうかと戸惑っていると、茉梨花の視線が突然、莉音にまっすぐ向けられた。
「ここからの話はあなたが主役。いい、ハニーちゃん。しっかり聞いて、どうするか決めてね」
――え……?
そして聞かされた内容に、莉音は度肝を抜かれることとなった。
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