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第8章 第1話(1)

 翌朝、大阪に戻る達哉に挨拶をするため、莉音は田中家を訪ねた。  昨晩、かなり飲んでいたので大丈夫だろうかと気になったが、案の定、玄関に出てきたその顔色は、完全に血の気が失せて白くなっていた。 「だ、大丈夫ですか?」  思わず尋ねた莉音に、達哉は情けなさそうに笑った。 「あ~、莉音くん。悪ぃ、みっともねえとこ見せて」 「あの、二日酔い……ですよね?」 「あ~、うん。昨日ちょっと、飲みすぎたけん」  顔色を見れば、ちょっとどころでないことは明白である。 「薬、飲みました?」 「うん、一応ね。けどまだ、イマイチって感じ」  久々にやらかしたと達哉は苦笑いした。 「今日中に帰らないといけないんですか? 明日に延ばしたりとかは……」 「いや、明日から仕事やけん。ってか、最後ん最後にこげな醜態さらして、ごめんね。俺ん自業自得やけん、大丈夫だよ。もう少しすりゃあ薬も効いてくるやろうし」 「それならいいんですけど……」 「ほんと、自業自得やわ。今日帰るってわかっちょって、あげな飲みかたするんやけん! 学生じゃねえんやけん、もっとしゃんとしない!」  奥から顔を覗かせた優子が、まったく情けない、とぼやいた。直後に、玄関先の莉音を見て「あ、莉音ちゃ~ん!」と手を振る。 「なぁに、あんた、いつまでも玄関先に立たせて。せっかく来てくれたんやけん、上がってもらいなさいよ。莉音ちゃん、わざわざありがとねえ。外暑かったやろ。上がって上がって! ごめんねえ、気が利かなくて」 「わかっちょんよ、やかましゅう言うな。頭に響く」  後ろからまくし立てる優子と顔を蹙めて頭を押さえる達哉に、莉音は「あ、いえ」と遠慮がちに言った。 「あの、僕、すぐお(いとま)します。出発前でお忙しいでしょうから。ただ、最後にもう一度直接お礼が言いたくて。一週間、すごくお世話になったので」  達哉は途端に、えっ?と莉音を見た。なにか言おうと口を開くが、そのまえに優子の声が割りこんでくる。 「あら~、そんげん気にせんでいいっちゃ。どうせ暇やったんやけん! むしろ莉音ちゃんのお料理食べられて、役得やったよね、達哉」 「あ~、もうっ、うるせえ! いちいち割りこんでくんな! 話がでけんやろうがっ」  怒鳴ったあとで、達哉は「いたたたた」と呻いて頭を押さえる。優子は、あ~はいはいと軽くいなし、「莉音ちゃん、またね~」と手を振って奥に引っこんでいった。 「あ、だっ、大丈夫ですかっ?」  オロオロとする莉音に、達哉は苦笑いした。 「平気平気、逆に、こんくらいでちょうどいいわ」 「え?」  意味がわからず訊き返したが、達哉はなんでもないと笑った。 「あの、達哉さん、もしよかったらこれ。帰りの道中で水分補給の足しにでもしてもらえたらって」  莉音は持参したものを差し出した。 「昨日だいぶ飲まれてたので、一応念のためって思って作ってみたんです。梅のスープ。二日酔いまで行ってなくても、深酒のあとだと、ちょっとさっぱりするかなって」 「え? わざわざ?」  達哉は目を瞠った。 「全然お礼にもならないですけど、せめてもの気持ちです。あ、でも梅干しが嫌いとか、味が好みじゃないとかだったら無理はしないでくださいね。あと容器は、なにかの景品でもらったまま使ってなかったそうなので、返さなくていいですって祖母が言ってました」  莉音の差し出す水筒を、達哉はなんとも言えない表情で受け取った。 「あり…がと……」  その反応が微妙で、余計なお世話だっただろうかと莉音は気まずくなった。

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