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第8章 第1話(3)
「さっき莉音くんも言うてくれたけど、俺も大人んなってこうして再会できてよかった。莉音くんのおかげで、思い出になる楽しい夏休みが過ごせた。あと、さ……、昨日はほんと、ごめん」
「え?」
「彼氏さん」
言われて、ハッとなった。
「その……、あんあと平気、やった? 俺、メチャメチャ失礼なこと言うてしもうたし」
「あ、大丈夫です。それは全然。というか、僕のほうこそごめんなさい。ちゃんと説明できなくて」
ああそうか、達哉はわざわざこの話をするために家の外まで出てきてくれたのだと理解した。
「俺さ、てっきり莉音くんの恋人って茉梨花んほうやち思いこんじょって、噂になっちょった男んほうがいきなり目ん前に現れたんで、頭に血が上ってしもうて」
「そう、ですよね。普通は女の人だと思いますもんね」
莉音はすみませんと小さく笑った。
「あ、いや! そこは俺が変な常識に囚われすぎやったっちいうか」
達哉はあわてたように言った。
「俺はべつに、だれかを好きになるのに性別は関係ねえっち思うちょんけん」
「気にしないでください」
僕もそれが普通だと思っていたので、と莉音は言った。
「世の中には同性が恋愛対象になる人もいることはわかってました。でも、自分には関係ないことだと思ってた。全然、そんなことありませんでした。彼と出逢って好きになってしまったら、性別とか社会的立場とか、全然関係なかった」
そしてそれは、莉音が安心してそう思えるように、ヴィンセントが包みこんでくれていたからなのだと、いまさらながらに思い知った。
「僕、今回大分に来たのって昨日もちょっと話しましたけど、おじいちゃんに彼とのことが知られて喧嘩になったことが原因なんです」
「ああ、うん。なんかそんなん、言ってたよね。そっか、そういう……」
そうなんです、と莉音は頷いた。
「男同士なんて気持ちが悪い、アルフさんがお金に物を言わせて僕を誑かしてるんだろうって激昂しちゃって」
「あ~、タケ爺ん世代やと、そういうの受け入るるん、難しいかも。閉鎖的な田舎やけん、余計」
うちんじいちゃんとかも、たぶん無理、と達哉はぼやいた。
「そうですよね。ほんとは僕も、もっときちんとしたタイミングで打ち明けるつもりだったんです。でも、そうなるまえに知られてしまって」
「まあ、身内でいきなりそげな事態に直面したら、冷静に受け止むるんな難しいっちいうか、お互いパニクるよな」
はい、と莉音は頷いた。
「それでお互い、感情的になって言い合いになってしまって」
あちゃ~、と達哉は額に手を当てた。
「それで彼が、あいだに入ってとりなしてくれようとしたんですけど、もう東京には置いておけない、大分に連れて帰るっていうおじいちゃんに、僕の大分行きを了承してしまったので、今度はそのことで僕が彼に怒ってしまって」
「え、勝手に?」
「騒ぎになったのが、ちょうどおじいちゃんたちが大分に帰る間際の夜中で、このまま別れたらいけない、一緒に大分に行って、ちゃんと冷静になって話をしなさいって」
「あ~、なるほど」
「でも僕、完全にヘソを曲げてしまって、もういいです、だったらおじいちゃんと行きますって飛び出してきちゃったんです」
子供ですよね、と莉音は笑った。
「けど彼氏さん、ちゃんと迎えに来ちくれたんやな」
「はい。今日あらためて、おじいちゃんたちとも話してくれるそうです」
「そっか、ちゃんとした人なんや。莉音くんとのことも、真剣に考えてくれちょんみたいやし、ほんとよかった」
言ったあとで、達哉はもう一度、「あ~っ!」と声をあげて天を仰ぐ。
「達哉さん?」
驚く莉音に、達哉はなんでもないなんでもないと手を振った。
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