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第9章 第2話(5)

「それでさっきの件はどうする? お祝いしていけるなら席、用意するけど」 「え、でもうちら、いきなり来ちゃったし……。優子おばちゃんも参加するの(かたるん)?」 「あたしは仕事があるけん、写真だけ撮ったら戻らな」 「え、そうなん?」  直前までの勢いはどこへやら、急にしおらしくなる。 「なにか用事でもあった?」  茉梨花に訊かれて、「いえ、そんなことはないんやけど……」と躊躇(ためら)いがちに言った。 「けど、ご迷惑じゃないですか? それにうちら、みんな普段着やし……」 「そんなの気にしなくていいわよ。お祝いしてくれる気持ちがあるなら、それで充分」  子供は変な気を遣わなくていいのと茉梨花はおおらかに言った。 「せっかく来てくれたんだし、このあと予定がないなら、ぜひ参加していって。若い女の子たちが加わってくれたほうが、賑やかになってみんなも楽しめると思うわ。あ、でも、あたしもそこにいる王様も、それなりに立場のある人間だから、今日の件は絶対オフレコっていうことで、その約束が守れるならっていう条件付きになるけど」  茉梨花の言葉に、優子も「せっかくやけん甘えさせてもろうたら?」と助け船を出す。少女たちは互いに目を見交わしたあと、顔色を窺うように莉音を見た。 「もしよかったら、ぜひ」  莉音の承諾も得られて、三人はパーッと顔を輝かせた。 「そ、それじゃあ、お願いします! 大丈夫です、親にも友達にも絶対言いません!」 「莉音先生はうちらん推しやけん、先生や先生ん大事な人たちに迷惑がかかることは絶対しません!」 「あたしも誓います!」  少女たちが口々に宣誓するのを満足げに聞いて、茉梨花は頷いた。 「オッケー。それなら料理三名分追加ね。シェフに伝えておくわ」 「やったぁ! うち、ここんお店で食事しちてみたかったんだ」 「わかる~! うちらにはまだ敷居が高いもんね」 「メッチャ楽しみっ! ってか、やっぱしもっといい服着てくればよかったぁ」  途端に賑やかさが戻る。昼休みを抜けてきたという優子も、そろそろ戻らないといけないとのことで、あわただしくみんなで写真を撮ることになった。  莉音、ヴィンセントとともにひとりずつ交替で自分のスマホで撮ってもらい、そこに茉梨花が加わり、最後は綾子に頼んで全員で撮ってもらった。 「わあ、一生ん思い出がでけた~! ほんとにありがとね、莉音ちゃん」  撮りたての写真を眺めて、優子は嬉しそうに言った。それから茉梨花にも頭を下げる。 「今日はありがとうございました。こんげ田舎に住んじょると、芸能人の方に会ゆるなんてそうそうないので、お会いできて光栄でした。こんことはあたしも絶対に他言しませんので、こん子たちんこともよろしくお願いします」  優子と一緒に、少女たちも神妙に頭を下げる。そんな少女たちに、「いい、SNSやらにも拡散したらダメやけんね?」と念を押して、優子はあらためてヴィンセントにも挨拶をすると引き上げていった。 「さあ、それじゃあみんな、お待ちかねよ。ウェディングパーティーをはじめましょう!」  優子を見送った一同は、茉梨花の号令で会場へと移動することにした。 「あ、主役ふたりは最後に並んで入場だから、合図があるまで、入り口の手前で待機しててね。プレゼントしてもらったブーケ、いかにも結婚式っぽくていいわよね。三人ともいい仕事してくれたわ」 「え、ほんとですか? やったぁ!」  賑やかにまえを行く女性陣のあとにつづきながら、莉音は手もとの花束に視線を落とし、傍らのヴィンセントに目を向ける。こちらを見ていた青い瞳は、莉音の眼差しを受け止めるとやわらかくなごんだ。  さっきまでの緊張はきれいに消え去って、かわりにあたたかな思いが、その胸を満たしていた。

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