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第10章 第2話(2)

「それに早瀬さんたちだって、今日のために東京からわざわざ飛んできてくれて、アルフさんに至ってはアメリカから帰国したその足でここまで……っ」  並べていくうちに、周りの人たちからの好意に甘えすぎなのではないかと不安になってきた。 「どうしよう。僕、どうやって皆さんにお返ししたらいいか……」 「莉音」  呼ばれると同時にやわらかく手を握られる。莉音は口を(つぐ)んだ。 「大丈夫だ。茉梨花と桂木氏へのお礼の目処(めど)は、もうついている」 「え?」 「ふたりの披露宴は、うちのホテルが引き受ける」  莉音は大きく目を見開いた。 「あ……、え? でも茉梨花さん、ご自分の家のホテルでされるんじゃ……」 「今回の件で、こちらが変に遠慮したり気を遣うことがないよう配慮してくれたんだろう。自分たちの挙式と披露宴は、婚約発表も含めてそっちでやらせてもらうから、この貸しはそこで返してもらえればいいと、あらかじめ言われていた」  そう言ってヴィンセントは苦笑した。 「たった一日の準備期間でここまでしてもらったからには、こちらもそれなりに報いなければな」  その際には、ぜひ一緒に考えてほしいと言われて、莉音はすぐさま了承した。 「宗一郎たちの件も気に病む必要はない。強引に呼び寄せたのは私の我儘だ。その詫びというわけではないが、宗一郎にはこのまま夏期休暇に入ってもらって、宿泊費と往復の航空券はこちらで持つことにする」 「でも……」 「それに今日は、武造さんたちのご厚意に甘えさせてもらっているらしい」  言われた意味がわからず、きょとんとしていると、ヴィンセントは笑いながらタブレットと一緒にわきに置いてあったスマホを取り出して莉音に画面を見せた。途端に莉音は声をあげた。 「これっ!」 「ついさっき、宗一郎から送られてきた。どうやら、あちらはあちらで楽しんでいるようだ」  そこには、見慣れた古い日本家屋の和室で満面の笑みを浮かべる早瀬夫妻と祖父母、お馴染みとなった田中家の人々の姿が写っていた。早瀬は祖父の甚平(じんべい)を、リサは浴衣を着ている。宗太は、祖父の膝にちょこんと抱かれていた。 「おふたりをお宅にお送りしたあと、そのまま今日の話で盛り上がっているうちに飲みはじめて、結局今夜は泊めていただくことになったらしい」  上機嫌になった祖父が途中で田中家の人々を呼び寄せて、リサの寝間着がわりにと優子が浴衣を持参して貸してくれたのだという。小柄な祖母の服では、サイズが合わなかったのだろう。  あまりに思いがけない賑やかなショットに、しばしポカンと見入っていた莉音はやがて笑い出した。 「すごい。まさかこんなことになってるなんて」 「すっかりみんなで意気投合して、宴会中だそうだ」 「おじいちゃん、まだ宗太くん抱っこしてる。昼間もずっと膝の上から離しませんでしたもんね。早瀬さんやリサさんとも、すぐに打ち解けてたみたいだし。僕のかわりに、おふたりにおじいちゃんおばあちゃん孝行してもらっちゃってますね」 「宗一郎も、念願だった帰省気分を味わえて満喫していると喜んでいた」 「早瀬さん、ご実家も東京でしたもんね」 「両親ともに東京の人間で、子供のころは夏休みや年末年始に家族で田舎に帰省する友達を羨ましく思っていたと言っていた」 「おじいちゃんたちも孫はずっと僕ひとりだったから、一度にたくさん孫が増えたみたいで嬉しいんだと思います。それにひ孫まで」  早瀬とリサに挟まれ、宗太を抱いて満足そうに笑う祖父を見ながら莉音は笑った。そんな莉音の肩をヴィンセントは抱き寄せた。 「莉音との関係を修復できたことが、武造さんにとってなによりの喜びとなっているんだろう。だがそれは、私もおなじだ。ようやくおふたりに我々の関係を認めてもらうことができて、本当に嬉しい。莉音をなんとしてもこの手に取り戻したくて、またしても強引な手段に出てしまった」  莉音のことになると、私はいつも平静ではいられない。ヴィンセントはそう言って、莉音の頬を愛しげに撫でた。 「さっき莉音は、今日のためにみんなに無理をさせてしまったと気にしていたが、茉梨花に相談を持ちかけたのも、宗一郎とリサを大分まで呼び寄せたのも私だ。なりふりなんて、かまっていられなかった」 「アルフさん……」 「莉音をあんなふうに傷つけて泣かせてしまってから、どうするのが正解だったのかずっと考えていた。そしてこれから、どうすべきなのかも」  考えて考えて、起こってしまったことを取り消すことはできないのだから、それを上書きするための最善を尽くすことにした。 「結局また、独善的になってしまったことで多くの人たちを巻きこむ結果になった。だから莉音が気に病む必要はまったくない。すべて、私のしたことなのだから」 「そんなこと、ないです」  莉音は頬に触れる恋人の手に、自分の手を重ねた。 「全然、独善的なんかじゃないです。全部、僕のためを思ってしてくれたことだから」  そうしてまっすぐにヴィンセントを見つめた。

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