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エピローグ(1)

『あのときはほぉんと、大変だったんですよぉおぉぉぉ?』  画面の向こうで、華やかな装いの美女がいささか大仰(おおぎょう)にインタビューに応じていた。  表情はにこやかだが、彼女が本心から笑っていないことははっきりわかる。否、一見したところ愛想がよく、非常に上機嫌に見えるのだが、彼女と面識があって、素の状態を知る立場からすると、それが作られたものであることがなんとなくわかるのだ。  場所は、港区にある高級ホテル『ヴィンセント・インターナショナル東京』の大広間。  華やかな装いの美女は茉梨花(まりか)で、彼女は集まった報道陣をまえに、婚約発表の会見をしているところだった。 『茉梨花さん、このたび正式にご婚約が決まられたとのことで、本当におめでとうございます。お相手は業界でも指折りのフレンチシェフ、桂木(かつらぎ)雅弘(まさひろ)氏とのことですが、よろしければおふたりの馴れ初めについてお聞かせいただけますか?』  記者のひとりから投げかけられた質問に、茉梨花は「え~っ、やだぁ!」と黄色い声をあげた。 『それ、聞いちゃいますぅ? なぁんて、もし聞かれなくても自分から話す気満々だったんですけどぉ』  茶目っ気たっぷりに言って、場を笑いに誘う。その様子を見て、莉音は頭の良い人だなと感心した。  普段の茉梨花は、こんなふうに間延びした調子で浮ついた話しかたをしない。要点を的確に搾った、率直で無駄のない物言いを好む傾向にあった。だがそれだと、持ち前の美貌も相俟(あいま)って、きつい印象になりがちとなる。自分自身をよく理解したうえで、あえてゆるさを前面に押し出しているのだろう。それはおそらく、このあとの流れの主導権を握るためでもあるのだと感じた。 『もうね、完全なわたしの片想いからスタートしてるんですぅ。ご存じのとおり、業界では名の知れた方じゃないですか。しかもなんと、うちの実家が経営するホテルのレストランで腕をふるってくれてたんですよ。それでもうわたし、すっかり胃袋ごと心を掴まれちゃって!』  彼の料理、ほんとに絶品なの!と茉梨花は大絶賛した。 『茉梨花さんのような美女に言い寄られて、(なび)かない男性はいないんじゃないですか?』 『とんでもない! 最初はわたし、全然相手にしてもらえなかったんですよ!?』  茉梨花の言葉に、報道陣はざわめいた。 『出逢ったのはこの仕事をはじめてすぐくらい、もう十年近くまえになるんですよね。彼がちょうど、赤坂ホテルの総料理長に就任したタイミングで父と食事に立ち寄ったとき。彼からしてみれば当時のわたしなんて、異性の範疇にすら入らないような小娘じゃないですか。しかもわたしは自分が務めてるホテルグループのオーナー一族の娘。ますます対象外ですよね。わかってたけど、わたしには絶対この人しかいないって確信したんです』  初対面でですか?という質問に、茉梨花はそうだと即答した。 『食後に彼が父のところへ挨拶に来たとき、わたし、その場で言ったんです。「パパ、わたし、結婚するならこの人がいい!」って』  会場内にふたたびどよめきが起こった。 『バカですよね。彼がすでに既婚者だったり、恋人がいる可能性だって当然あったのに、それすら確認しないでひとりで先走っちゃったんですから』  茉梨花は笑って肩を竦めた。 『父は驚きすぎて椅子から転げ落ちそうになるし、彼も意味がわからなくて呆気にとられるしで、そのときはさんざんでした』 『そこから交際に至るまで、どのくらいかかられたんですか?』 『ちゃんと異性として見てもらえるようになったのも、わたしの気持ちがただの気まぐれじゃないってわかってもらえるようになったのも、わりとつい最近、ここ一年くらいのことです』  記者たちはふたたび驚きの声をあげた。 『それまでずっと、一途に想われつづけていたってことですか?』 『気を遣っていただいてありがとうございます。きれいな言いかたをするとそうなりますけど、もうほとんどストーカーに近かったかもしれません。わたし、かなりしつこいんですよ。それでとうとう彼も根負けしたというか。まあ、それは父もおなじなんですけど、わたしの性格を知ってるだけに、父のほうが諦めるのは早かったかなって』  湧き起こる笑い。

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