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第9話
文化祭が終わると普通の日常に戻る。本当にいつも通り、何ら変わらない。強いて言えば片桐先輩がうちの家に遊びに来る頻度が増えた。文化祭からほぼ一ヶ月が経った11月……今日だって一緒に帰って、おれの家で畳の上に寝転んでいる。
「春樹って画像派?動画派?」
「何がですか?」
「抜きネタ 」
予想もしてない話題に、テーブルに置いた茶を倒しそうになった。
「……なんでそんなこと聞くんですか 」
「気になるから。メッシュ入れてピアスもだいぶ開けてるけど性格大人しいし、だけどそんな普通の性癖持ってるわけでもなさそう 」
「おれのことなんだと思ってんですか…… 」
ため息をついて茶菓子もテーブルの上に置く。前に片桐先輩が好きだと言ってた菓子で、自分も食べてハマった。
「んでどっち?」
「…………画像 」
「へー。どんなの見てんの?」
「SNSに回ってくるやつとか……。片桐先輩は?」
「俺抜くより抜いてもらう方が多いかな〜 」
なんだその回答。……なんて考えているとすぐ横に座られた。身の危険を感じたため、さりげなく夕飯の準備のためと台所に向かった。
「今日は何作んの?」
「豚の角煮。三日前から仕込んだんでとろっとろですよ 」
「へー……」
「……ちょっと持って帰ります?」
「持って帰る 」
食べたそうな顔をしていたため、半分切って帰りに渡すことにした。この家に予備のタッパーなんて無いが、弁当箱に入れてラップをぐるぐるに巻けばタレも溢れることはないだろう。
「なんかさぁ、春樹殴られてから食事量落ちたじゃん。痩せた?」
「そんなわけないですよ。……あの、腰掴むのやめてもらっていいですか?」
「んー……」
片桐先輩は手を離そうとしない。どころか掴んでくる手をさりげなく前に回し、服の裾から手を入れてくる。……振り解けばいいのにさっきの話題で微かにそういう気分になったのかあまり抵抗する気にならない。
「……へそにも開けてんの?」
「……まあ 」
「見ていい?」
「……見るだけならいいですけど 」
ぺろ、と服が捲られて薄い腹があらわになった。腹筋も脂肪もないそこで、10月が近いから着けた、赤い石とコウモリのチャームのついたピアスがキラキラと光を反射している。
「こういうの好きなんだ。つかこれ、今日学校に付けてってたの?」
「寝る前に外し忘れてただけです……っちょ、っと……見るだけって……」
「だから見てるだろ、ピアス 」
ぐにぐにと臍の周りを揉むように触れ、ピアスをつまんで軽く引っ張る。他人に臍を触られていると腹の奥がむずむずして、「んっ」と鼻から変な声が漏れた。
「へそ触られんの嫌じゃないんだ 」
「べっ、つに……くすぐったいだけですけど 」
「そんだけかなぁ 」
ピアスだけ触っていた手がいつしか臍のふちをなぞり、ぐりぐりと指を突っ込んでくるようになった。
「やっ……ま、待って先輩、それ、なんか嫌っ……」
「なんで?すげー気持ち良さそうな声出てんのに。……までも、デリケートなとこだもんな 」
そのまま手を滑らせ、腹からどんどん上に上がっていく。しかし途中でカッターシャツが邪魔をしたらしく、急に手が引っ掛かるように止まった。
「脱がしていい?」
問いかけてくるのに、手つきは拒否を許さないようにすりすりと肌を撫でてくる。尻に押し付けられた片桐先輩の腰からも弱く弾力を感じて、片桐先輩もそういう気分になったのだと理解できた。……別に、脱ぐまでならいいかもしれないが、脱いだら脱いだで絶対触ってくる。
「……駄目 」
「下も?」
「当然でしょうが 」
調子に乗んなと言うように腹を撫でる手をつねると、「悪い悪い」と笑いながら離してくれた。……よかった。この人はちゃんとやめてくれる人だ。
「あと、台所は危ないんで触るにしても今後はやめてください 」
「わかったわかった。んじゃトイレ借りるわ 」
ごめんな〜と片桐先輩はそのままトイレに入っていった。
…………と、調味料の計量をしている間にさっき先輩に言ったことを思い出した。
「……なんで?」
『今後』と何故言った?まるで自分が触ってほしいと期待しているみたいじゃないか。
……気持ち悪い。なんでそんな気持ちが出てくるんだ。性欲ほど悍ましいものなんてないだろうに。
……そう考えるも弱く熱を持つ下半身は否定するように控えめだが主張する。それがどうも嫌で、もう開けないと思っていたのに、手が勝手にカバンの奥に仕舞い込んだピアッサーを取り出した。
+
「……あれ?春樹今日ピアス付けてたっけ?」
「ああ……増やそうかなって思って今開けました 」
似合う?とトイレから戻った片桐先輩に聞いてみる。どんなピアスかなんて見ていないし、どうせすぐ外すものだ。
「似合うけど……周り赤くなってんな。冷やさず開けたな?」
「冷やしても痛いのは痛いんで…… 」
なんて会話をしているとインターホンが鳴った。何か届けにきた宅配業者から荷物を受け取り、宛名を確認すると、この間『似合いそうなやつ買って送るね』と連絡してきたフォロワーからだった。
「あー……」
「何届いたの?」
「ピアス。似合いそうなやつ送るって友達に言われて 」
「へぇ 」
……片桐先輩の目が『見たい』と言っている。あのアカウントのフォロワーだから絶対服の下のピアスだろうし……
「また今度ね 」
とりあえず、先送りを図った。
+
片桐先輩が帰った後、フォロワーから貰ったピアスを付けて鏡を見る。思った通りボディピアスで、首から垂れたチェーンが二股になって乳首に繋がり、その乳首から一本のチェーンに繋がって臍へと。さらにその臍から腰を一周して、背中側で首へと伸び……完全に床用のピアスで流石に引いた。
しかしそれはそれ。そのピアスを着用してシャツを羽織り、寝転んだ後に足で手鏡を挟んで持ちはだけ具合の微調整。これでいいと納得できるようになったら手鏡からスマホに持ち替え、セルフタイマーをセット。三秒後に撮られた写真はなんとも扇情的で、絶対バズるなぁと確信した。トリミングと不要な影の除去、それから身バレに繋がりそうなものがないかチェックして投稿。
[ 貰い物つけた ]
……すると、通知がどんどん来る。いいねもリプライも、いつもエロ自撮りを上げたら抜いたと報告してくる人からのDMも。
「あ〜……ほんと、きっしょ 」
いい歳した大人が未成年、それも男でここまで興奮してティッシュに欲望を吐き出してるのだと思うと笑えてくる。いくつも来るおシコり報告に嘲笑しながら一件ずつ読んで、まだ『下』がいるというのに安心した。
ふと、『普通の性癖持ってるわけでもなさそう』という片桐先輩の発言を思い出した。
「……まあ、これが普通なわけないもんな 」
写真を投稿し、いいねがどんどん付く。興奮したというリプライやDMが来る。
その度に少しずつ、自分がすり減っていく感覚がする。
そんな感覚を気にしないようにして、スマホを閉じて風呂に向かった。どうもこういう自撮りを投稿した後は無性に体が洗いたくなるものだ。
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