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第10話

「夏休み入る前に春樹の家で猫の写真見せたじゃん 」 「見ましたね 」 「んで猫見せてたらネコ出てきたじゃん。ポジションの方の 」 「出ましたね 」 一瞬『その節はすみません』と言いかけたが、なんとか喉の奥に止めることができた。 「それ以降そのアカウントの投稿がおすすめに出るようになったんだよな 」 「……それおれに言われても 」 「そうなんだけどさ。……なあ春樹、これお前だろ?」 そう言いながら先輩が見せてきた画面は、昨日自分が投稿した『貰い物』の自撮りだった。 + 「……っは!?」 ビクッと体が跳ねて目が覚めた。まだ部屋は闇に包まれている。暗闇に慣れた視界には見慣れた天井が映っており、さっきのが夢だと理解するのに時間はかからなかった。 どくどくと高鳴る心臓を落ち着けるように深呼吸を何度か行い、念のため投稿をチェックする。急な眩しさで目が眩んで頭が痛くなってきた……。 それでもちゃんと写真を確認する。夢の中の写真とは違って首から上はちゃんと切り取られていて身バレするような要素なんてない。はー……と安心したようにため息をついて、消しても未だ来る通知でこちらの目を焼いてくるスマホを投げた。 まだ寝れる。二度寝しても遅刻するような時間じゃない。そのまま目を閉じて深呼吸をすると、数秒でぼや〜……と微睡んできた。 + 「夏休み入る前に春樹の家で猫の写真見せたじゃん 」 恒例となった放課後の空き教室での駄弁り。夢でした会話から入ってきて、予知夢だったのかと一瞬変な汗をかいた気がした。 「見ましたね 」 「うん。そんでさぁ、これ 」 スマホの画面を見せてきてくらりと眩暈がした気がした。しかし体は健康そのもの。ついに身バレしたかと胃が締め付けられるような不快感で吐きそうになってきた。 教室に入る前に買った牛乳を吸い切り、恐る恐るその画面を覗き込む。そこにあったのは…… 「めっちゃ可愛くね?この猫 」 へそ天になり、全ての足を尻尾側に伸ばして人のように寝る子猫の写真だった。 「…………猫 」 「猫。人みたいで可愛いよな 」 「猫……猫かぁ……」 安心して不調が落ち着いた。ほーっとさりげなくため息をつき、昼買ってぬるくなってしまった紅茶をカバンから取り出す。 「片桐先輩って猫好きですよね 」 「え?別に 」 「えっ?」 「生き物の話題つったら猫から入んのが鉄板かなって。春樹も猫好きだろ?」 「まあ嫌いじゃないですけど……」 片桐先輩はそういうも、可愛いものは可愛いらしく、おすすめに回ってくる子猫の写真にいいねをつけて回っている。色んな子猫やそれを見る片桐先輩の表情が面白くて見ていて飽きない。そのまま先輩がリールしていくと、ネコのタグをつけていないにも関わらず昨日投稿した『貰い物』の写真が画面に現れた。 「……俺思うんだけどさ 」 「……はい……」 「この人めっちゃ自撮り上手いよな。内容アレだけど 」 「……そうですかね 」 「なんつーか、計算し尽くしてるみたいな……こういう服のはだけ具合とかポーズとか、芸術作品作ってるみたい 」 「……ふーん…… 」 褒められて悪い気はしない。もちろん受け手が想像を膨らませたり、パッと目を引くように計算はしているし、こだわって満足いくものに芸術作品みたいだと賞賛されれば気分も高揚する。しかし写真が写真なため自分の裏アカだと言えないし、見られて評価される度に気持ち悪いと感じてしまった。 「春樹こういうの嫌い?」 「そうですね。気持ち悪くて 」 きっぱりと言い切ると悲しくなってきた。そう、こんな趣味気持ち悪いんだ。だからやめなきゃいけないのに、いいねとリプライの数や抜いたという報告を見るとどうしてもやめられない。 「ハメ撮りとか嫌がりそうだもんな〜 」 「なんで急にシモになるんですか 」 「べっつにー。でも抜きネタ画像なんだろ?どんなん見てんの?」 「……画像というか文章なんですけど 」 「あ、そっち?んじゃいいや。俺長い文字読むの嫌い 」 ぽいなぁ。紅茶を啜って自分もスマホを付けた。……未だにちょこちょこいいねが来ている……。いつもありがとうと心を込めて、帰ったらいつもより長めのお礼の文章でプレゼントの贈り主を紹介することに決めた。 「つか文章で抜けんの?」 「それなりに。本読むのって楽しいですよ 」 「ふーん。……あ、だから字綺麗なんだ 」 「あんまり関係ないかと…… 」 実はおれも文章を読むのをそこそこで投げ出している。何度か抜こうとしたことはあるが、毎回元彼のこと……それから芋蔓式に中学の時にされたいじめの内容を思い出して萎えてしまう。 「春樹 」 「はい?」 「なんもしないからさ、金曜泊まりに行っていい?あれならうちの家でもいいし 」 「…………本当に何もしません?」 「しないって。……まだ泣かせた時のこと許せそうにない?」 「え?なんの話でしたっけそれ 」 無かったことにしたものの絶対に許す気はない。その意思を込めて『なんの話だっけ?』と言うと、片桐先輩は非常に申し訳なさそうな顔になった。 「夕飯のリクエストあります?木曜の放課後までに決めてください 」 「……行っていいの?」 「まあ。布団おれのしか無いんで床で寝てくださいね 」 「……オーケー、寝袋持ってくわ 」 その冗談にクスクス笑ってペットボトルの中身を飲み干した。夏休みにキャンプや友人の家に泊まりはしたが、誰かを家に泊めるなんて初めてで少しワクワクしてしまう。何を用意すればいいか家で考えることにして……自撮りに使った隠さなきゃいけない小物たちを思い出して、ほんの一瞬だけ憂鬱な気分になった。

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