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第11話

火曜日に約束してから、何故か金曜になるまでがとても長く感じた。いつも一週間が長く感じるのはそうだがこの週は特に。 「片桐ー、春樹くん来てるからいい加減帰れよー 」 前に聞いた『俺の友達はみんな春樹のこと知ってるから大丈夫』は事実らしい。 靴が残ってるからと二年のフロアに出向き、「片桐先輩居ます?」と迎えに来ると、声をかけた先輩は教室内に向かってそう声を張り上げた。ジロジロ見られて居心地悪く待っていると少ししていつもより大きめの荷物を持った片桐先輩が「お待たせ」と出てきた。 「真っ直ぐ帰っていいんだよな 」 「はい。夕飯の買い出しもしなくて大丈夫です 」 「んじゃドラスト行ってから帰ろうぜ。今日泊まりなんだし色々いるだろ 」 色々って?と質問すると「ジュースとか」と返ってきた。確かに友達の家でもジュースが出た。マストアイテムなのかも。 「今日もコーラですか?」 「どうしような。飯なんだっけ 」 「カレー。仕送りと繰り越しでお金に余裕があったんで、お肉奮発したんですよ 」 「へー。なんの肉?」 「食べてからのお楽しみってことで 」 一昨日から購入した牛すじをコトコト茹でて育てた。きっとこの間の角煮のようにトロトロになっている。きっと片桐先輩も気にいるだろうな。 + 牛すじカレーは片桐先輩にも好評だった。手間をかけた分予想以上にとろけて甘みも出ていた。 「ごちそうさま。めっちゃ美味かった 」 「どうもです。お皿片付けちゃいますね 」 朝、無駄に早起きしたためもうお湯張りスイッチを押すだけで風呂の用意が完成する。スイッチを押してから洗い物をしていると、また急に後ろから抱きしめられた。 「……月曜におれが言ったこと忘れました?」 「覚えてるよ。変なことしねえから 」 「じゃあなんですか、これ。洗いにくいんですけど 」 「頑張ってんなぁって。洗い物なんて明日でもいいだろ 」 偉い偉いと抱きしめたまま頭を撫でられ、ほんの少し照れ臭くなる。次の日がしんどくなるから洗ってるだけなのに。しかもカレー鍋は今洗ったらスポンジが死ぬからしばらくつけ置きするし。 「そんな春樹にご褒美をやろう 」 「なんですかご褒美って……もご 」 口に何かが押し込まれる。やや大きめの……表面が固い何か。歯を立てるとパリッと口の中で割れて粘土質の塊が飛び出し、咀嚼するととろける甘味を感じた。これは…… 「チョコだぁ〜……」 「甘いもんって美味いよなぁ。ほら、もう一個 」 つんつんとチョコで唇をつっつかれたため、少し急ぎ目に口の中を片付けて二個目を入れてもらう。今度はすぐに噛まず、口の中でゆっくりとろけさせる。さっきと違って口の中で解けていく感覚に幸せな気持ちになっていった。 「春樹ってチョコ好きだよな。食ってる間ずっと幸せそうな顔してる 」 「だって美味しいんですよ 」 口の中で舐め転がしていると、だんだん丸くなって舌で容易に潰せるようになってきた。ちまちま飲み込んで幸せな気分に浸りながら洗い物を終わらせると、ちょうど風呂が沸いたというお知らせが聞こえてきた。 「先輩お風呂どうします?先入ってもいいですよ 」 「んー……一緒に入る?」 「は?」 「冗談でーす 」 あまりにも冗談に聞こえないトーンで思わず聞き返してしまった。そのまま離れて「んじゃありがたく先入るわ」と自分の荷物をゴソゴソ漁っている。ふとタオルを抱えているのが見えたが、タオルくらい貸すのに。 「……さて 」 風呂に入っている間にSNSのチェック。昨日一昨日と連日投稿したし、今日はしなくても多分問題ない。……ていうか月曜の投稿への反応が強すぎて多分しばらく何もしなくてもいい……。新規投稿の催促はあるけど……。 『先輩が泊まりにきて撮れないから再掲で勘弁して』 なんて打ち込んで、伸びの良かった過去の写真を探して投稿する。割と昔からフォローしてくれてる人は過去に浸れるし新規も昔のを見れて、おれも楽できて万々歳だ。 [ お腹かわいい ] [ まだおへそ開けてなかった時のだね ] [ これ撮ってたのC学生の時だよね?この頃からセンスある ] あーはいはいなんて思いながら称賛コメを読み勝手に嬉しくなる。いつもほどの破壊力は無いがじんわりと心が温まる感じがしてきた。 [ お泊まりってことは先輩さんと仲良しするのかな? ] [ サクラちゃんの体えっちだもんね…… ] [ セックスの実況欲しい ] あー……とだんだんシモ方面になっていくコメント欄が嫌で一旦SNSを閉じた。『サクラちゃん』と呼ばれたのはいつからだっけか。アカウントのIDが『Sakura_450』だからサクラと呼ばれるのは当然だけど何故ちゃん付け……?シコる対象だから?なんとなく気になって質問を呼びかけてみることにした。 『今更だけどなんでちゃん付け?』 そして少し置く。すると金曜の夜なのに『サクラちゃん』でシコることしか予定のない哀れなフォロワーが教えてくれた。 [ そっちの方が可愛いから ] [ このえちえちボディでくん付けは無理がある ] [ みんなちゃん付けしてるから ] なるほどなーと思いながらリプライを眺めるうち、ふと目に入った『男だろうが女の子として扱えば女のコになるんだよ』という画像リプに思わず吹き出す。直後、「何見てんの?」と背後からスマホを覗き込まれたため反射的にホーム画面に戻った。 「あっ……」 「……先輩、早くないですか?」 「俺あんま長風呂しないの。んで、何見てたんだ?」 「何って……なんでもいいでしょ 」 まだ驚きで心臓がバクバクと激しく動いている。流石に自分の裏アカを眺めてましたなんて言うわけにもいかず適当に流した。 「お風呂入ってきますね 」 「んー 」 ドライヤーの位置を教えてから生返事を聞き流し、風呂に向かう。 ……多分ドキドキしているのは驚いたせいだけじゃない。なんだか自分以外から自分と同じシャンプーの匂いがするからだと気付き、はー……とため息をついた。 + 「上がりました。ドライヤーまだ使ってます?」 「今終わった。乾かしてやるからこっち来いよ 」 手招きする先輩の前に腰掛け、お願いしますと告げてドライヤーを当ててもらう。人に乾かしてもらうのってくすぐったいけど気持ちいいなぁ。 「そういや俺の寝床どこ?床?」 「ああ……ベッド使っていいですよ。枕も嫌じゃなければおれのやつ使って構いませんし 」 「マジ?全然いい。本当に床に寝かされるのかと思ってたわ 」 「夏なら別にいいんですけど、今だともう冷え込みますし 」 ……何故か執拗に首を触られている。片手で覆うように掴まれたり、指でなぞるように撫でたり。くすぐったくて「なんですか?」と聞くと「なんでも」と冷風を浴びせられながら頭を撫でられた。 「はい終わり。いつも通り可愛くなった 」 「おれ可愛さ狙ってないんですけど……」 まあいいやと礼を言ってから立ち上がり、冷蔵庫から冷やしていたジュースとお菓子を取り出して、適当に盛り付けてテーブルの上に置く。 「……なーんか春樹って客には色々丁寧だよな 」 「え?」 「今日の牛すじとか味噌玉とか、角煮も三日かけて仕込むとか手間かかるもんばっか作るし、ジュースもわざわざストロー一緒に持ってくるし、菓子も皿に盛って……カラオケ以外でポッキー盛りつけてんの初めて見たわ 」 「えっ……?」 「そのくせピアスの位置とか開ける時とか微妙に雑だし……まあ一人で開けてんならしゃあないか……」 「……あの、片桐先輩……近くないですか 」 「気のせいだろ 」 「いや、これは流石にさぁ……」 ぴったり引っ付くほどに近くまで寄られ、耳をじっと見つめられてくにくにと触られている。普段気にならない自分のシャンプーの匂いが別の人間から……片桐先輩からしていて妙に落ち着かない。中学の頃のクラスメイトから助けてくれたからか、それともそれなりに一緒にいて絆されているからか、無かったことにした『あの日』のことを思い出しても嫌悪感はなく、むしろ…… 「春樹、こっち向いて 」 「…………無理 」 「無理じゃなくて、ほら……口開けとけよ 」 ぐいっと顎ごと片桐先輩の方を向かされ唇が重なる。反射的にギュッと目を瞑って、余計に口の中で動く舌を感じ取ってしまう。 「ん……っ……」 一度口から離れても息継ぎのために離れるだけなのか、またすぐに唇を吸われた。その度に口の中を舐め上げる舌が溶けたガムのように柔らかくて熱くて、頭の中まで舐める音が響いて脳みそまで溶けてしまいそうだ。 「……何もしない、って……言って、ま、せんでした……?」 床に背中がつき、やっと口が離れて目を開ける。片桐先輩越しに天井を見上げることになって嫌なことを思い出した気がした。 ……思い出したくなくて気のせいということにしたけど。 「気が変わった。だって無理だろ、こんだけ状況整ってんのに。……怖いとか言ったらちゃんと辞めるから 」 ちゅ、ちゅ、と唇を吸われ、唇から頬へ、頬から首筋へ。だんだん下がっていく口付けとゆっくり服の裾から入り込み肌に触れる手。ここから先を考えると確かに怖い。 怖いけど、何故かその先を求めてしまう。気持ち悪いと思っても片桐先輩の体温と感触がそれを打ち消してくる。 それでも口が寂しくて、「先輩」と声をかけた。一瞬躊躇うようにこちらを見て、瞳が辞めるかどうかで揺れた。しかしすぐに磁石が引き寄せ合うかのように唇が重なる。何度も唇を吸われ、舌が触れ合って頭がぼうっとしてくる。……もう少し先が気になる。「腰上げて」と言われて上げると背中側からスウェットの下に手がかけられ…… ピロリン ……通知音で一瞬どちらも動きが止まった。仕切り直しというように片桐先輩がまたキスをして——— ピロリン ピロリン ピロリン …………まるでだんだんビートを刻むように連続で通知が来た。 「すみません、流石に……」 スマホを引き寄せ、なんの通知だと確認する。案の定裏アカへのDMで、内容は…… [ はじめまして!サクラちゃんのこと考えたらめちゃくちゃ出たんだけど、動画にするつもりが連写になってた(ぴえん) ] [ 折角だし全部送るね(ぴえん) ] ……その文面に恥じぬ通り、大量射精するおっさんのチン凸。はじめましてって言ってるし見たことないアカウントだから完全に初見だろう。一言『きも』とだけ送りスマホをやや遠くに投げる。はー……とため息をついて、さっきまでの気分が台無しになったのが本当に嫌になった。 「……春樹、大丈夫か?」 「大丈夫っちゃ大丈夫ですけど……ぁー……マジでそういう気分じゃなくなったんで普通に菓子パして寝ましょ 」 「何か変なのでも送られた?」 「おっさんのチン凸連写 」 素直に答えると慰めるように無言で優しく頭を撫でられた……。 + お菓子を食べるといくらか気分も落ち着いた。それにくだらない話をしてだいぶ気持ちも楽になった。……それでもやはり、ああいう画像は本当に気持ち悪い。落ち着いて考えると、さっき盛り上がっていた気分も客観視すれば本当に気持ち悪いものだ。 「片桐先輩。さっき割と流されてだいぶキス許してたんですけど、次からはやめてくださいね 」 「え、なんで?」 「冷静になると気持ち悪くなってきたから 」 「……あー……うん。ごめんな 」 「別に片桐先輩自身が気持ち悪いってわけじゃないですよ。……ちょっとおれ、性的なことに嫌な思い出があって 」 別にレイプされたわけではない。そこまで重いものではない……はず。それでも、好きでもない相手にどうこうする・されるというので胃が少しムカムカしてくるんだ。 「多分流されやすくはあるんですよ。……でもそれで、『やっぱり無理』ってなって、それでも『そういうの』をやめてくれないかもって考えて怖くなる。片桐先輩は『本気で言えばやめてくれる人』って、頭では理解してるんですけど……」 「……そっか 」 「とりあえずお菓子食べちゃいましたし寝ましょ。おれトイレ行ってくるんで先にベッドどうぞ 」 「春樹どこで寝んの?」 「横入らせてもらいますね 」 「は?」と言う片桐先輩を無視してトイレへ。用を足して戻ると片桐先輩はベッドの中にいたが……スペースキャットの画像の顔をしている……。 気にせず入り込み、狭いなぁと思いながらそのまま寝転ぶ。「おやすみなさーい」と電気を消すと、ぐいっと真ん中の方に抱き寄せられた。 「……本当意味わかんねえわ、お前。さっきの話しといて普通、一回襲われそうになった相手と一緒の布団で寝るか?」 「だって他に布団無いし…… 」 「お前の頭ん中本当どうなってんの?」 無視して目を瞑った。片桐先輩はまだ話し足りないのかずっと声をかけてきたりゆすったりしてきたが、ガン無視を続ける。しばらくすると諦めたようにため息をつき、こちらを抱きしめて額にキスを落とした後に深呼吸を始めた。……だんだんと寝息に変わるそれに、ちょっと、ドキドキして寝れそうにない。

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