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第16話

クリスマスになり、から揚げをこの家で揚げるか片桐先輩の家で揚げるかで少し悩んだ。一応昨日『揚げたてが食べたい』と言われたため、肉と粉を別にして袋とタッパーに入れたが……絶対キッチン汚れるんだよなぁ。片桐先輩の家の人に片付けさせるわけにもいかないし、コンロを分解して洗うのもよその人間がやるものでもない気がする……。 など考えながら、バッグに入れたエプロンを出すか出すまいか悩んでいるとインターホンが鳴った。 「はーい……あ、片桐先輩 」 「迎えに来たけど、まだ準備できてない?」 「できてるんですけど……から揚げやっぱり揚げて持って行こうかなって 」 「え、駄目。俺の家で揚げりゃいいじゃん 」 「あーやっぱり?コンロ汚れますよ 」 「大丈夫大丈夫。うちの家年末に業者呼ぶから 」 「業者…… 」 やっぱ金持ちなんだなぁと改めて理解した。上着を着て、エプロンやから揚げを入れたバッグを持って外へ出る。吹き付ける木枯らしのせいで「寒っ」と首をすくめた。 アパートの門の前に居るタクシーの扉が開き、片桐先輩はなんの躊躇いもなく乗り込む。タクシー使って来たんだ……など考えながら自分も「お願いします」と乗り込んだ。 「マフラーとか巻かねえの?」 「持ってないんですよ。首覆われるのが苦手で 」 「タートルネックも?」 「それもあんまり好きじゃなくて……。あ、でも首んとこ長くて、ゆとりがあるセーターならなんとか 」 「あれ可愛いよな。春樹に似合いそう 」 「どうですかねー 」 なんて濁して家に置いたままのセーターを思い出す。買いはしたものの一度袖を通してから着てない。SNSで承認欲求を満たすため、一度エロい自撮りをするために着てからなんとなく着るのに躊躇うようになってしまった。 「カイロいる?」 はい、と差し出されたためありがたく受け取る。その際に片桐先輩の手に触れて…… 「うわ冷た。大丈夫なんですかこの手 」 「冷え性なの。外居たし。春樹は手あったかいつーか……熱あんの?大丈夫?」 「子ども体温なんですよ、昔から。おれの平熱は37度なんで 」 「ああ……顔幼いもんな 」 「それ関係あります?」 げしっと足を蹴ると「悪い悪い」と謝られた。直後に運転手さんが着いたと告げたため、タクシー代を出そうと財布を出し…… 「いいよ、しまっとけ 」 カードで、と片桐先輩に全部支払ってもらってしまった。 「クレカ派なんですね 」 「うん。限度額までは好きに使っていいって家族カード貰ってる 」 「ヒェ……」 金持ちの懐はどこまでの深さなのか。でも実子にのみなのかもしれない。それを知りたいがおれにそんな権利はなく、ただただ悩むばかりだった……。 「でっかい家 」 「そうか?」 ガチャガチャと鍵を開ける片桐先輩の後ろで、横を向いて庭を見る。綺麗に手入れされた庭……レンガで舗装された道には置き物やアーチがあり、家の人がガーデニングが趣味なんだと理解できる。手入れ自体は最低限雑草が抜いてある程度で今はやってないみたいだが。 「お邪魔しまーす 」 もう人が集まっているらしく、中はそこそこ賑わっていた。……なんか焦げ臭いような。すれ違う先輩に会釈しながらリビングに案内され、他の先輩が荷物を置いているところに自分もから揚げとエプロンを取り出してから荷物を置く。 「片桐ごめん、パンケーキ焦げた!」 「焦がすなつったろ。隣空けて、から揚げやってもらうから 」 「タネまだあるからよくね?春樹くんこんにちは 」 「こんにちは。隣失礼しますね 」 から揚げを置き、エプロンをしてバットや網を用意。調理器具はあると言われていたのでありがたく借りる。肉を入れた袋の中に粉を入れて全体につけたら、熱された油の中に投下。じゅわじゅわと音を立てて肉の匂いを発するそれにみんなちょこちょこ様子を見にきた。 「春樹くんそれ下味なに?」 「酒と醤油と、あとにんにくと生姜とごま油と……それ以外なんだっけ……とにかく普通のやつです 」 「美味そ。味見していい?」 「一個だけなら 」 低温でじっくり揚げて、一旦引き上げて休ませる。つまみ食いをしに来た先輩達はまだべちゃっとしたから揚げを見て去っていった。 今度は油を高温にして外側をカリカリにして引き上げる。出来上がった唐揚げに用意してあったピックを一個刺して…… 「はい、どうぞ 」 「はーい 」 隣にいる先輩に差し出すと、差し出したピックを咥えてから揚げを口に収めた。「うっま」と語尾に音符やハートの付いているような声を出されて少し嬉しくなる。……片桐先輩と他の先輩の「は?」という声が聞こえた気がするが、無視してから揚げの引き揚げを続けた。 ……あーなんか片桐先輩こっち来たな。 「春樹、俺にも一個ちょうだい 」 「え、なんでですか……。自分で食べたらいいじゃないですか 」 「じゃあなんでこいつにはあーんってしたの 」 「ずっとパンケーキ焼いて手塞がってたからですよ 」 めんどくさ……と思いながら新しいピックを刺し、「ん」と片桐先輩にも差し出す。するとこちらの手ごと掴んで口に入れた。「んまい」と満足げな片桐先輩の後ろからもう一人、別の先輩が近付いてくる。 「片桐、パンケーキ任せていい?」 「んー 」 パンケーキを焼いていた先輩は「は?お前後輩に妬いてんの?」と後から来た先輩に笑われた。 「うっせ、ちょっと来い 」 「ここで話せよ 」 「後輩の前でする話じゃねンだよ 」 ……とのやりとりをして、パンケーキ係が片桐先輩に引き継がれた。 「あの二人仲良しなんですか?」 「うん、付き合ってる 」 「はーなるほど…… 」 一瞬流しかけたが、「えっ?」と片桐先輩の方を見て、ガチトーンで言ってしまった。 「今日いる面子しか知らないから内緒な 」 「いや言いませんけど……」 「……やっぱ気持ち悪いって思ったりする?」 「…………おれは、別に 」 別に自分はそう思わない。これは本当に。そもそも今日まで知らない人だったし、興味すら湧かなかった。 「な、男同士も普通なんだって 」 そう言われるも返事ができない。これが普通だと言うなら、なんでおれは不登校を選ぶまでに虐げられたんだ? + モヤモヤしてテンションの低いままクリスマス会は始まった。なんでそんなにテンションが低いのか聞かれたが「眠い」「ワクワクして寝れなかった」「早起きしたんです」で乗り切った。しかし一瞬で無くなるから揚げ……それを見て気分は晴れる。やっぱり作ってもらったものを食べてもらうのっていいなぁと考えながらパーティーに参加した。こんなに大勢でやるパンケーキのトッピングもゲーム大会も初めてで、解散の時間が来て終わるのが惜しくなった。 「春樹くん帰んないのー?」 「流石に汚した揚げ油と油跳ねそのままで帰るのはちょっと…… 」 「手伝おうか?」 「いえ、大丈夫です。先輩は先にどうぞ 」 「んーでもオレもから揚げ食べたしなぁ 」 先に片付けが終わり帰ろうとする先輩方。じゃあ手伝ってもらおうかな……なんて考えていると「いい、俺がやるから」と片桐先輩が割り入ってきた。 「えーでも……」 「いいから。やっとくから帰れ 」 片桐先輩はしっしっと追い払うように手を振っている。手伝うと申し出た先輩は…… 「ほら帰るよ。片桐も春樹くんもあとよろしく 」 と、そのままカップル二人にずるずると引きずられていった……。 「ほどほどでいいよここ。揚げ油ってどうすんの?」 「こいつでまとめてるんで、固まったらゴミに出してください 」 油凝固剤の袋を見せて、一袋ぶち込んだ鍋を指差して伝える。片桐先輩は「そんなんあるんだ」と感心した表情を浮かべ、固まりかけの油をつっついて楽しそうに遊び始めた。 「片桐先輩、今日は呼んでくださってありがとうございました 」 「うん。楽しかった?」 「とっても楽しかったです 」 「なら良かった 」 もうそれほっといてくださいねと、揚げ油を触るなと優しく告げるとおとなしく箸を置いた。珍しいなと思いながら跳ねた油を拭き終え、ゴミをまとめたゴミ袋にそれを放り込んで一旦口を括る。後で固まった油を捨てるためギッチギチには括らないようにして…… 「片桐先輩、揚げ油以外終わりました 」 「ん、お疲れさん。最後までありがとな 」 頭を撫でられて……それで終わる。なんとなくがっかりした気持ちになったが、自分が何かを期待してたみたいで嫌な気持ちになった。 「何一人で百面相してんだよ 」 「……別に 」 笑いながらぽんぽんと頭を撫でる先輩の手を払ってエプロンを畳んだ。それをバッグの中にしまい、自分も帰ろうとそれを持つ…… ……持つ、はずなのに。まだ帰りたくなくて持ち手を握るだけになった。 「春樹、何か期待してんだろ 」 横にしゃがみ、こちらの顔を覗き込むようにして片桐先輩は問いかける。顔を見られたくなくて軽く片桐先輩とは反対方向に首を向けた。 「何も期待してませんけど 」 「あっそ。……クリスマスだしさ、今日くらい素直になってもいいんじゃねえの?」 「おれ、いつも素直ですけど 」 「嘘つけ。何か言いたそうにして辞めること割とあるだろ 」 ピンッとこめかみにデコピンをされて「ぎゃっ」と叫び声をあげてしまう。地味に痛くて、デコピンされたところを撫でながら睨みつけると愉快そうに笑う片桐先輩と目が合った。 「すげー不機嫌そう 」 「これで不機嫌にならないことあります?責任取っておれの機嫌とってくださいよ 」 「でも俺どうやったらご機嫌になるかわかんねえな〜 」 などニヤつく片桐先輩に腹が立った。このままため息をついて帰ってもいいが…… ……これは気まぐれだ。男同士は普通なんだって。それにクリスマスなんだから。 そう頭の中で言い訳を並べて片桐先輩の肩を掴み、こちらから唇を重ねる。一瞬驚いたような先輩の息遣いと、顔を離した時にぶつかる視線に一気に羞恥が襲って顔が熱くなってきた。 「…………こういうことしてほしいって、言ってたんですけど 」 目を逸らし、「やっぱ帰る」と言いかけたところで手首と顎を掴まれ、いつもより乱暴にキスをされる。片桐先輩に唇が押し潰される感覚も強く吸われるのも初めてで、なのにいつものように思考が溶けて理解が追いつかない。ヂュッと音を立てて舌が吸われ、口が離れてやっと理解が追いついてきた。 「……家の人、帰ってきちゃいますよ…… 」 「正月まで帰んねえよ 」 また唇が重なって離れる。何度か触れるだけのキスをした後にぎゅっと抱き締められた。ぐり、ぐり、と弾力のある硬いものが押し付けられ、それが何を意味するのか男である自分がわからないわけがない。 「ベッド連れてっていい?」 腰を撫でられ、尾てい骨を軽く押されながら問いかけられる。脳みそがゾッとするほど怖いのに、『この人なら大丈夫』と何故か信頼感がある。 「…………いい、です 」 肯定の言葉と共にこちらも背に回した腕に力を込める。微かに震えているのは恐怖か期待か自分ではわからない。片桐先輩は何度かこちらの頭を撫でてからおれを抱き上げ、ゆっくり階段を登って行った。

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