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第18話
クリスマスも過ぎ年末。実家に向かう電車の中で、クリスマスの出来事を思い出した。あの日はちゃんと『気持ちいい』と『気持ち悪い』は別物だと分けて考えられたが、昨日一人でしようとしたら全て『気持ち悪い』と感じて途中から触れなくなってしまった。
「……なんなんだろ、本当 」
多少強引にされて有耶無耶にされた方が分けて考えられるのだろうか。それとも相手が相手だから?
……なんて考えているとふと、元彼に乱暴に触れられたことを思い出してぞくっと全身が震えた。運動部だったから筋肉もついていて、年上だから力も強くて、成長期が終わってない自分より体も大きくて……
『やめて、無理だって……!』
ぎゅ、と二の腕を握って深呼吸をする。目を瞑り、落ち着こうと必死になるもどんどん頭の中は暗くなっていって……
「兄ちゃん大丈夫か?しんどい?」
肩を叩かれる感覚と心配そうな声にはっと戻れた。そっちに視線を向けると、中年の女性二人組が心配そうにこちらを見ている。
「あ……だい、じょうぶです……ありがとうございます 」
「大丈夫ちゃうやろその顔。低血糖?おばちゃん飴持っとるから食べ?」
「飴ちゃん嫌やったらほら、あったかいお茶。おばちゃんまだ開けてへんからあげるわ 」
「あの、本当に大丈夫ですから……」
そう断るも無理やりお茶と数種類の飴を渡された。このおばちゃんの断れない圧力はなんなのだろう……。
そう考えながら貰った飴をひとつ開封し口に運ぶ。いちごミルクのまろやかな甘味がさっきまでの嫌な記憶を打ち消すようで、少し幸せな気分になった。
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駅に到着した。迎えにくると言っていた姉の姿を探すとすぐに見つかったが……なんか横に誰かいる。男の人だ。180センチある片桐先輩より背が高くて、そこそこ筋肉質。肌の色は暗めだけど陽キャ感はそこまで。ヤカラっぽいアクセサリーで損してるんだろうなと色付きサングラスや高そうなネックレスを見て……怖い人か?と一瞬警戒した。
「……誰 」
「彼氏。あんたお盆いなかったでしょ 」
姉の彼氏さんは「よろしくね」とにこやかに挨拶した。差し出された右手に自分も恐る恐る右手を差し出し挨拶をする。おれの持ってきた荷物を持ってくれて、車の運転は姉ちゃんだけど車内では退屈しないように話しかけてくれたり、膝掛けを渡したりしてくれた。意外と怖い人でもないのかも……?
「お父さんとお母さんにはお盆に言ったけど、あたしら来年の8月に式あげるから。空いてる日抽選なんだけど、決まったら絶対教えるからあんま予定詰めないでね 」
「わかった。……おめでとう、姉ちゃん 」
てことはこの人はお義兄さんになるのか……
なんて考えながらちらりとその人を見る。初対面だし、特に何かが変わるわけでもないから気にはしないが……そういやおれ、昔お兄ちゃんが欲しかったんだよな。なんとなく「お義兄さんって呼んでも?」と問いかけると「もちろん!」といい笑顔を浮かべた。
「春樹、ディスカウントストア寄るけどどうする?あんた降りる?」
「降りるよ。寒いし 」
何故車内で待つ選択肢があるのか……。「おれ適当に見てるね」と二人と離れ、お菓子を見たりジュースを見たり、そういや切れそうだったなと洗顔料を見たり、使うかもとピアッサーを手に取って……なんとなく店の奥の方に向かって避妊具の棚の前に立った。陳列された商品を眺めて、前に使ったのを探すが……
……ジェル付きってどれ?
「春樹君何か探してる?」
ほぼ後ろから声をかけられてドキッと心臓が跳ねた。振り向くとそこに居たお義兄さんはおれの隣にしゃがんで、棚に目をやると「あー」と何かを察したように笑った。
「買い慣れないとわかんないよね、こういうの。どんなの欲しいの?」
「……ジェルついてるってやつ。前用意してもらったんですけど、それがどれかわかんなくて 」
「ああ……じゃあこれかも?学生も割と手を出しやすい値段で、たっぷりめにジェルがついてるやつ 」
手に取った箱をおれに渡して、お義兄さんはこちらの顔をじっと見つめた。そして「相手どんな子?」と少しニヤニヤしながら聞いてきて……ふっと片桐先輩の顔が浮かんだ。
「……一個上の先輩で、頭が良くて、背が高くて……飽き性で、何もしないって言ったのに襲ってきたりする……だいぶ嘘つく人。おれの前にもいっぱい彼氏とか彼女とか居たらしいけど……なんか、しばらくそういう話聞いてない 」
「へえ、愛されてんね 」
「そうですかね……」
そう言われるとそんな気もしてくる。しょっちゅう構ってくるし、飽きられてるような感じもしないし連絡もマメ。……クリスマスが終わってからはおれが帰省してるから会ってないけど、それでも毎日メッセージはくれる。
「春樹君もその先輩のこと大好きなんだ 」
「は!?」
「いいところだけじゃなくて悪いところも見えてて、それでも一緒にいるし……『先輩』もゴム持ってんのにちゃんと自分で探してんじゃん。ドラストとかコンビニ遠いの?」
「……あー……逆にその辺が学校とか駅に近いから……同じ学校の子に買ってるとこ見られたくなくて 」
自分が片桐先輩に付き纏われているというのは学年間では割と有名らしく、隣のクラスの子ですら「朝倉くん、片桐先輩見てない?」と何故か自分に居場所を聞いてくることがあった。
そんなだから絶対、おれがゴムを買ってるのなんて見られたら一瞬で噂が広まるのが目に見える……。片桐先輩がどっちもいけるからどっちがネコなのとか聞かれるんだ……。
「確かに気まずくなるね。じゃあここで何個か買っとく?」
「とりあえず一箱でいいかな……。そんなお金無いし、たくさんあっても多分使い切れないし……」
あと流石に自分で尻を弄る用で買うとは言えない……。「それもそっか」とお義兄さんは取っていたゴムを棚に戻した。
「ほら、あんたら買い物終わるよ。春樹もそれ買ったげるからカゴ入れな 」
「は?……え、なんで……?」
「お母さんからお金もらってんの。だから……」
と、こちらに来た姉はおれが持ってるものと棚を見てフリーズしてしまった。お菓子を持ってると思われたのだろうか……。
「春樹君、ゴム以外入れちゃいな。真衣ちゃん俺カゴ持つから 」
「は、はい 」
一旦抱えたもの全てをカゴに入れ、ゴムとピアッサーだけ回収。お義兄さんがさりげなくカゴの乗った買い物カートを回収し姉ちゃんの手を引いてレジに向かった。おれもあんなスマートになりたいなぁ……。
……なんて考えながら、ずっと持っていたゴムを見つめる。……さらっと選べるようになるまでスマートにはなれなそうだなと諦め、自分もレジの列に並んだ。
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