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第22話 ※自傷の表現を含みます

不登校になってからよく誰かに犯される夢を見る。今までは誰かわからなかったし、起きた時の記憶の中ではいつも静止画のまま止まっていた。 なのに、今日に限ってはずっと動かれていた。夢だと気付いても目覚められなくて、もしかしたら現実なのかと思って恐怖で動けなくなる。 「やめて、やめてって、__……」 そう言ってもおれを犯す人間は動きを止めない。どころか、こちらの体勢を変えてより深くまで入り込む。セックスの感覚を知ってしまったからか、どうもリアルで恐怖に身体を支配される。助けてと言おうとしても口からは「やめて」「無理」「嫌だ」しか出てこずに、あの日から抜け出せない。 「春樹 」 身体を揺さぶられる感覚と名前を呼ぶ声がどういうわけかダブって、違和感を感じてばちっと目を開けた。視界に広がるのは暗い部屋の天井のみで、おれに覆い被さっていた人間なんて存在しない。 「大丈夫?」 ずっと息を止めていたのか、運動した後のようにぜいぜいと息が上がっている。ぼんやり滲んだ視界の中で横を向くと、心配そうな表情の…… 「玲央……?」 「誰だよ『れお』って 」 少し目を擦って再度その人物を見る。 「……すみません、間違えました 」 はー……とため息をついて仰向けになり、顔を覆って軽く目を押さえた。よりによって片桐先輩と元彼を間違えるなんて最悪だ。 「寝とけ寝とけ。またうなされてたら起こしてやるから 」 「んー……」 酷く寝汗をかいて服が気持ち悪い。「シャワー浴びてきます」と告げてベッドから出て、適当に着替えを取って風呂場に入って…… 「…………なんで 」 びっちゃりかいた汗をお湯で流しながら、冷静になった頭で、どうして片桐先輩でなく元彼の———玲央の名前が出たのかと、その理由を本気で考えた。 ……しかし答えは出てこない。 まだ未練があるのか。あんなに酷いことをされたのに。 ……そんなに酷いことをされたか?服を脱がされて、触られただけじゃないか。 ……本当に?思い出せないだけで、それ以上をされたのかも。だってそうじゃなきゃ、おれが、××だって決め付けられて、×××られることもなかったのに。 「……っ、うえ……」 考えれば考えるほど喉の奥から酸っぱい唾液が溢れてくる。されてない、大丈夫と蹲って落ち着こうとするも吐き気はおさまらない。それにどういうわけか、今までなかった記憶までもがうっすら頭に浮かんでくる。 服を脱がせて、無理やり体を掴んで、揺さぶって……キスだって、乱暴で———その感覚が、妙に、生々しくて 「っクソ、クソッ!」 ゴンッ!と壁に頭をぶつけると痛みで幾分か思い出すことは落ち着いた。でも思い切りぶつけた頭は痛いし、胃も気持ち悪いし、涙が止まらなくなってそのまま風呂で「なんで」と言いながらぐすぐすと泣いてしまった。 + シャワーで頭を冷やし、タオルドライの後に脱衣所から出るとリビングに明かりがついていた。 「……先輩起きたんですか?」 「起きた。すごい音したけど大丈夫か?」 「あぁ……寝ぼけて頭ぶつけちゃって 」 どうやら起こしてしまったらしく、少し申し訳ない気持ちになった。片桐先輩はドライヤーと飲み物を用意して待っていて、テーブルの上にまだ湯気の立っているマグカップが二つ置いてある。少し考えてから片桐先輩の隣に座り、ホットミルクの入ったマグカップを手にすると片桐先輩はおれの髪を乾かし始めた。 「なあ、『れお』って誰?」 「……お世話になった先輩 」 それ以上聞かないでくれと声に込めながらミルクを口にする。牛乳の甘さの中にはちみつの風味を感じて、ほんの少し心も温かくなった。 「片桐先輩 」 「……ん 」 「ミルク、ありがとうございます。ドライヤーも 」 「……うん 」 髪を乾かし終えたのか、ドライヤーの風が止んだ。それでも不機嫌そうな片桐先輩はおれの頭を触るのをやめない。 「なあ、春樹 」 「なんですか?」 「お前のピアスホールって、その『れお』って先輩が開けたの?」 「いえ、ピアスは全部自分で開けました。……開けるつもりとかなかったんですけどね 」 親指で耳たぶをくすぐるように触れられ、どうもこそばゆい。それでも「やめて」なんて言う気にならずにされるがままにする。 「春樹 」 名前を呼ばれ、振り向くと唇が重なる。一度重なってからすぐ離れて、目を開けると片桐先輩は心配そうな表情でこちらを見つめ、額に手を当てた。 「おでこ腫れてんな 」 「シャワーで冷やしたんですけどね 」 「そんなもんで冷えるかよ。冷やす用にアイス買いに行こうぜ 」 よっ……と片桐先輩は立ち上がり、スウェットのままジャケットを羽織ったりマフラーを巻いたり、出掛ける準備を整えた。おれも行こうと翌日着る予定だった服に袖を通す。 「スウェットのパンツで行くの無謀が過ぎません?真冬ですよ 」 「ちょっとの距離だし大丈夫。それに冷えてもさ、帰ってあったまることすればいいだろ?」 「あったまることって……」 「二人で布団に入って……朝までおしゃべりするとか。……なあ、顔赤いけど何想像した?」 「…………別に。何も考えてませんけど 」 「嘘つくなって 」 ……鬱陶しい先輩だ。元彼とは大違いで、本当に一緒にいて落ち着かない。 でもその落ち着かない感覚がどこか心地いい。この先も片桐先輩と一緒に居られたら…… 「…………はぁ?」 「えっ何急に 」 急に声を発したため片桐先輩も驚いてこっちを見る。追求してくる先輩に「なんでもないです」と告げてバッグを肩からかけて、出掛ける準備を整えた。

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