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第26話

「なんかおれ、片桐先輩と付き合ってたらしいわ 」 教室で昼食のメロンパンを齧りながら、神崎と、風邪が治って復活した安達にそう報告すると「あ、やっぱり?」と言われた。 「らしいってなんで?」 「おれ告白断ってたんだけど、なんか片桐先輩の中では恋人だったらしくて 」 「しょっちゅう二人で一緒にいるからじゃねえの?」 「あー、それほんとわかる 」 珍しく安達も同意して、自分と神崎の視線が向けられた。本人は「えっ何?」と不思議がっている。「そりゃそうなるよなぁ…… 」と空気を変えるべく呟き、メロンパンをもう一口齧った。残りは1/3くらい。女子の顔くらいの大きさはあるためか、それなりに腹も膨れてきた。 「朝倉は片桐先輩自体どう思ってんの?迷惑?」 「いや別に迷惑でもないんだけど……どう言えばいいのかな……。鬱陶しいけど、なんか居ないと居ないで暇……?」 「もうそれ好きじゃん 」 「それはそう 」 肯定すると安達も神崎も「えっ」と驚いた表情を浮かべた。まさか前学期まで『そういうこと全部無理』と言っていた自分があっさり認めるとは思わなかったのだろう。 「別に嫌いじゃないんだよね、片桐先輩のこと。勉強教えてくれるしお菓子くれるし 」 「……もうちょい突っ込んで聞いていい?」 「ここじゃ嫌だ 」 ちら、と視線を教室の真ん中に向けると何人かがこちらを見ていた。やはりすぐに逸らされたが。 「ていうかおれ、普通に女の子の方が好きなんだけどなぁ……」 「えっ!?」 「なんだよ二人とも…… 」 「いや……片桐先輩とよく居るからてっきり……。神崎知ってた?」 「いや全然。……あのさ、朝倉。無理しなくていいからな 」 「いや何が 」 そんなおしゃべりをしていると予鈴が鳴った。メロンパンの袋を片付けて、机を拭いて自分の席に戻り、午後からの授業のために音楽室に行く用意を整える。その際もやたらと視線を向けられていたが……流石にあんな話をしていたら見てくるよなと思い、震えたスマホを開いた。 [ 海綺麗すぎる! ] 文章と共に来た海の写真。船の上からであろう景色に目を奪われ、続いて送られてきたいくつかの写真にも興奮する。 「……は?」 だが自撮りがどうも気に入らない。どういうわけか、自分も『これはいい』と思う写真なのに何故か認めたくない。構図も映る範囲も全部良い。なのに素直に『いい』と送りたくない。 ……フーッとため息をついて文字を打ち込む。 [ 綺麗ですね ] ……景色の話だ。他意は無い。すぐに既読がついたそのコメントと送られてきた写真を眺めていると、照れているスタンプが送られてきた。それを眺めていると「早く行こうぜ」と安達に肩を叩かれた。 + 放課後になり、「昼の話の続きしたいんだけど」と神崎に肩を組んで誘われた。なんだかんだで気になるらしい。安達は「いい加減にしとけ」と嗜めるが、おれは別に構わないため、神崎の腕を肩から下ろしながら了承した。 「んじゃカラオケ行く?」 「神崎金ないって言ってなかった?うち学校からも近いし来なよ 」 「え、いいの?俺ら片桐先輩じゃないけど 」 「片桐先輩じゃなくてもいいよ別に。でも途中スーパー寄るから 」 忘れ物がないか確認し、買い物用のマイバッグをポケットに移動して学校用のバッグを肩にかけた。 「あ、そっか。朝倉一人暮らしだっけ 」 「そう。あ、夕飯食べてく?今日は肉じゃがの予定だし、作っても一人だとだいぶ余るんだけど 」 「え、食べたい 」 「それ普段って余ったらどうすんの?」 「冷蔵庫に入れて数日に分けて食べる。これやってると普通に飽きるんだよね 」 どうする?と安達にも聞いたら「んじゃいただきます」と手を合わせて拝まれた。 「朝倉って料理できんの?」 「それなり。あんまり期待すんなよ 」 肉じゃがとおひたしだけだと足りないだろうし、玉子焼きでも作ろうか。二人の普段の食事量がわからないけど、足りなけりゃコンビニに買いに行くだろうし…… 「今日米洗うのだるいから、二人とも自分が食べる量の白ごはん買っといて 」 多分これが食事量が一番わかりやすい。 二人とも返事をして、靴を履き替えていつもよりゆっくり目に帰路を辿った。 + 「お邪魔しまーす 」 「どうぞー 」 二人が上がり込んでリビングに移動する中、おれは台所で買ってきた生ものを冷蔵庫に。にんじんはすぐ使うから外に出しておく。 「朝倉、なんか手伝おうか?」 「うーん……いや、今は大丈夫 」 ありがとうと礼を言って安達にはリビングに戻ってもらった。……なんか神崎が静かなのが妙に引っかかるな。にんじんを切りながらフッとリビングの方を向くと、ベッドの側で何かしている……。 …………待てよ、そういやゴムの箱って枕元に…… 「……あのさ、朝倉……」 「朝倉、やっぱなんか手伝うわ。神崎も手伝わせる。足りないものとかあったら買ってくるけど無い?」 神崎が何か言いかけたところで安達がやや早口で口を挟んだ。 「あのー、あれ。醤油買ってきてほしい。濃口の大きいボトルで、赤い蓋のやつ。財布おれが学校に持ってってるカバンに入ってるから 」 「オッケー 」 別に醤油に困っているわけではないが、安達もきっと気まずいだろう。文句を言う神崎を引きずって安達は家から出て行った。 二人が出た後に包丁を置き、慌ててゴムを回収。箱ごとポケットに突っ込んで調理を再開した。野菜を切り終え、こんにゃくの下茹でを済ませ、鍋で肉を炒め始めた頃に二人は帰ってきた。 「朝倉、マジで片桐先輩と付き合ってねえの?」 「…………うん 」 「付き合ってねえのにやってんのやばくね?」 「おい神崎……」 「おれもやばいとは思ってる。……ちゃんとおかしいってわかってるから 」 鍋にじゃがいもとにんじんを入れて、上から砂糖とみりんをかけて蒸す。火を細くして別の鍋で沸かした湯にほうれん草を入れてさっと茹でた。料理をしている間は気分が少し落ち着く。 「神崎、突っ込んで聞きたい話ってどこまで?」 「……どこまで教えてくれんの?」 「聞かれたこと全部答えるよ。ここおれの家だから誰も来ないだろうし。ごめんな安達、こんなん聞かせることになって 」 「……いや……。……あの……本当に言いたくないことは言うなよ。それでこのグループ崩壊とか本当に嫌だからな俺 」 安達は醤油を置き、ため息をつきながらリビングに戻った。神崎との付き合いでこっちに来ただけなのにこんなことになってしまって少々申し訳ない。 「神崎も向こう行ってて。すぐそっち行くから 」 肉じゃがの鍋に水と調味料を入れながらそう告げると、神崎も「わかった」と素直に了承した。 火加減を調節した後エプロンを外し、フックに引っ掛けてお菓子とジュースを持ってリビングに向かう。 「飯の前にお菓子食うの?」 「これ以外タイミング無いし…… 」 それに何もなしで話すのは辛い……。使い捨てのプラコップにジュースを注いで二人に出した。 「んで早速なんだけどさ、朝倉、教室で片桐先輩のこと好きって言ってたじゃん。ちゃんとそういう意味で好きってので合ってる?」 「合ってる。……じゃなきゃキスもさせないし 」 そりゃそうかと神崎はジュースを一口飲んだ。 「どこで好きになったの?」 「……ん……んー……あんまり言いたくない……」 きっかけ自体はきっと、五月に襲われそうになった日だ。美味しそうにおれの作ったご飯を食べる姿がいいなと思って……それが印象に残ったままつるむようになって、ちょこちょこ一緒にご飯を食べるようになって、夏休みが終わって…… 「……なんか、腹が……」 始業式の日に、中学校の同級生に何度も殴られたことを思い出してお腹が痛くなってきた。安達は大丈夫かと背中を撫でてきたし、神崎も肩にブレザーをかけて心配している。 「朝倉ごめん、嫌なこと思い出させた?」 「いや……大丈夫……。……あのさ、神崎 」 「うん 」 「多分おれさ、普通に惚れっぽいだけな気がする 」 「……なんでそう思うの?」 「あー……割とありがちな感じで片桐先輩に惚れてて……」 殴られてるところを助けてもらって、それから避けられて寂しくなって……そこからきっと、そういう意味で好きだと思うようになった。今まで気持ち悪くて無理だったボディタッチも受け入れられるくらいには構ってくれるのが嬉しくて……キスもセックスも、片桐先輩が相手なら嫌じゃなくなって…… 「ありがちでもいいんじゃね?付き合わねえの?」 「付き合わない 」 下げていた頭を起こしてジュースを一口飲む。安達が「えっマジで?」と小さく驚きの声を上げた。 「多分、片桐先輩もおれのこと好きだろうから、告白したら付き合ってくれると思う。でも……恋人になった後の片桐先輩が全く信用できない 」 はー……とため息をついて片手で顔を覆った。映画の冒頭15分で飽きるような人間と付き合うとどうなるかなんて目に見えてる。それに、この間片桐先輩のクラスメイトの会話が引っかかってどうも踏み出せない。 「だし……おれから告白したら蛙化起こすかもしれないじゃん。今まで散々塩対応してたのに 」 「え、そう?」 「それ朝倉の気のせい。夏休み明けてからだいぶ対応柔らかくなってる 」 「え、マジで?」 思わず見つめていたジュースから顔を上げた。そんなに目に見えるほどデレデレしていたのだろうか……。 「まあでも……確かに恋人になった後の片桐先輩が信用できないのはわかるけど。でも朝倉なら大丈夫じゃない?」 「……それでも、関係性が変わるのが怖い 」 また俯いてため息をつく。現状ただのセフレで、しかも同性同士というのもおかしい。全部が全部おかしいんだ。 「ただでさえ男同士なのに……仮に片桐先輩が気にしない人でもおれが気になる 」 ちょっとごめん、と立って肉じゃがの蓋を開ける。かき混ぜて味見して、まだ話が続きそうだから火を止めて戻った。 「朝倉さぁ、男同士がおかしいってやつ。それって朝倉の本音?」 「……そう、だけど 」 「でもさ、それってそう『思ってる』んじゃなくて、朝倉がそう『思おうとしてる』ってだけだろ 」 その言葉が深く刺さった気がした。じっとこちらを見つめる視線も心の底を見透かしているようで、神崎の方を真っ直ぐ見れない。 「朝倉が自分で考えて、そう思ってても俺は否定したりしない。でも流石に今思ってるそれはさ、誰かに言われたからそう思おうとしてるだけじゃ……」 「違う 」 神崎の言葉を遮って否定する。本当に、おれが自分で考えて『おかしい』と思ってるんだ。だってみんなそう思ってるから、おれが『おかしくない』と思っても世間はきっと違う。 「神崎も安達も……おれに気使わなくていいから。ちゃんとおかしいってわかってる 」 「いや、俺は別に……」 「まあおかしいのはおかしいけど……性別じゃなくて関係性の方な。今のままでいいの?」 「いいよ。告白して関係性が変わるより、今のままがよっぽどいい 」 「……そうか 」 神崎は何か色々言いたげな顔をしていたが、ぐいっとジュースを一気飲みして「トイレ借りる」とその場を立った。残された安達は居心地が悪そうにソワソワしている。 「ごめんな、安達。変な空気にして 」 「いや……。……あのさ、朝倉。この空気の中で言うのも本当言いにくいんだけど 」 「うん、何?」 「…………俺の好きな人も男でぇ…… 」 一瞬時間が止まった気がした。直後に本当に申し訳ないという気持ちになってきた……。 「だから、朝倉が片桐先輩のことが好きでも俺にとっては変とは思えないし……あー……どう言えばいいんだよ、これ……」 「あの、安達、ごめ……」 「とにかくさ。とにかく……さっき神崎が言ったみたいに、誰かに『おかしい』って言われて、朝倉も自分の気持ちに嘘ついてそう思ってんなら、俺はそっちの方がおかしいと思う 」 「あっ、うん……」 ……しかしそう言われても、数年間思っていたことをいきなり否定するのは難しい。クリスマスに片桐先輩の家に呼ばれた時、同性カップルの先輩が来ていたけど……あの時はその二人に興味がなかっただけかもしれないけど、特におかしいとは思わなかった。安達のさっきの発言にだってそうだ。嫌悪感の『け』の字すら感じない。でもやっぱり、自分に限ると『おかしい』と感じてしまう。 「戻りー……あれ、安達と朝倉なんか話してた?」 「ちょっとだけ。神崎、さっきの話なんだけどさ 」 「おう」と神崎が座ったのを確認して深呼吸する。さっきの安達のカミングアウトの衝撃で、頭の中でぐるぐるしていた気持ちが落ち着いて整理できるようになった。 「多分神崎が言うように、周りが『おかしい』って思ってるからおれも『おかしい』って思ってるんだと思う 」 「そっか 」 「でも……ずっと言われてたから、すぐに『おかしくない』って思うのは難しい 」 「……そっか。それ片桐先輩は知ってんの?」 「おれが『同性同士が気持ち悪い』とか思ってるとこだけ。ここまで話したのは……姉ちゃん以外なら二人が初めて 」 「朝倉って姉ちゃんいるんだ 」 「まずそこかよ 」 姉の話題に食いついた神崎に安達がツッコミを入れる。婚約者いるよと告げると、神崎はわかりやすくガッカリしていた……。

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