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第27話
神崎が姉の話題に食いついた後に空気が変わり、ちょうど時間も良かったためそのまま夕飯にした。肉じゃがもおひたしも、二人共「めっちゃ美味い」「それなりって何がだよ」と褒めてくれて嬉しくなった。
「んじゃそろそろ帰るな。朝倉、話してくれてありがとう 」
「え?うん。別にいいよ、お礼なんて 」
「話しにくいこと話してくれたろ。……ていうか、こいつが踏み込まなきゃ言いにくいこと話さなくて済んだんだけどな 」
安達は神崎の頬を引っ張っている……。その神崎は痛い痛いと文句を言いながらも安達の手を止めようとはしなかった。
「まあでも、なんか俺も助かった感あるし。そういう意味でもお礼は言わせてほしい 」
「なんでだよ 」
安達のその言葉にツッコミを入れたが、安達もよく考えたら話しにくいことを話してくれた。礼を言うべきはこちらも同じかもしれない。
「安達、また恋バナしような〜 」
片桐先輩の真似をして、揶揄うように手を振って見送った。名指しで言われた安達は「しねえよ」と笑ってこちらに手を振って、神崎と共に去っていった。
それから翌日。帰宅して、ダラダラと動画を見ながら米を研いでいるとスマホが震えた。画面を見ると片桐先輩からの着信を知らせている。
「もしもし 」
『もしもし春樹?日本着いた 』
「あ、おかえりなさい 」
電話の向こうではガヤガヤと人の声が響めいている。空港なのだろうか。アナウンスや外国語もちょこちょこ聞こえた。
『明日って学校終わってから会える?』
「会えますよ。お土産くれるんですか?」
『それもあるけど……』
片桐先輩は一瞬黙った。なんだろう?と声をかけようとした直前、『付き合ってないって思ってた件について話したいから』と真面目なトーンで言われた。
……完全に忘れてたことを思い出し、フーッとため息をついた。
「……今から行きます 」
『え、いいの?今空港だから俺の帰り八時半とかになるけど 』
「じゃあ、それくらいに片桐先輩の家の前に行きます。……駄目ですか、やっぱり 」
片桐先輩は少し黙ってから『俺がそっちの家行くわ』と告げた。
『冷えるから。俺のせいで風邪引かせらんねえよ 』
「おれここ数年風邪引いてませんけど 」
『それでも駄目だ。好きな子が風邪引いたら悲しい 』
好きな子、と言われて心臓が跳ねた。一度『好きだ』と認めてしまったら強く意識してしまうものらしくて、すぐ飽きてしまう人が相手でも嬉しくなってしまう。
「うちで夕飯食べます?」
『なんか用意してくれんの?』
「適当に用意しときますよ 」
親子丼の予定だったため、材料は一人分の材料しか用意してないがオムライスに変更すれば多分なんとかなる。米を1.5合追加して、ダラダラ洗うのをやめて手を早めた。
+
味噌汁まで作って待つこと二時間。……八時半に帰ると言っていたし、まだ三十分もある。なんとなく片桐先輩と一緒に食べたほうがいいかなと思って食べずに待っていたが、そろそろ空腹が限界かもしれない。風呂に入って気を紛らわせたが、それでも限界はきている。もう先に食べてしまおうかと髪を乾かすのもそこそこにたまごをかき混ぜていると……インターホンが鳴った。少し急ぎめに玄関に向かい、施錠を解除してドアを開けると、そこには……
「ただいま。危ないからいきなり鍵開けんのやめろって 」
「……やっと来たぁ……」
この時自分はどんな表情をしていたのだろう。やっと飯が食える嬉しさと、久々に片桐先輩に会えた安心感で、きっとだらしない顔をしていたんだろうな。撫でるのもそこそこに部屋に入ってくる片桐先輩を見てそう思った。
+
味噌汁を口にした片桐先輩は「うまぁ……」と静かに感嘆した。こんなに静かなのも珍しい。
「ハワイで何食べたんですか?」
「屋台のチキンとかエビとか、ロコモコとか……あと女子に付き合ってパンケーキ食べた。すっごい油食った感じある 」
「ああ、じゃあやっぱり親子丼にしたらよかったですね 」
「材料一人分しかなかったんだろ。なんか買ってけばよかったな 」
など言いながら片桐先輩はオムライスを口に運ぶ。隠し味に入れた醤油がいいのか、いつもより少し食べるペースが早い。「ごちそうさま」と手を合わせて流しに持って行って……そのまま皿洗いを始めたため、自分も早めに食べ終えて皿洗いを任せた。
「……んでさ、俺ハワイ初めてだったからすっごい色々したんだけど 」
要領よく皿洗いを終えて、くつろぎ時間。片桐先輩は口を開いた。
「何よりも衝撃受けたのが、旅行中の体験じゃなくて春樹と恋人じゃなかったってことなんだよな 」
「あぁ……それはすみません 」
「どういうことか説明してほしい 」
「説明も何も、おれ告白断ってたじゃないですか 」
「じゃあなんで断ってたのにセックスできんだよ。そういうタイプじゃねえだろお前 」
「……それはそうですけど 」
ただの性欲処理と割り切れたらどれほど楽だろうか。それ以外の感情も入り込んでくる。……絶対言わないが、そのうちやってる最中に『好き』とか口走るんだろうな。
なんて考えていると、肩に手が回された。抵抗せず受け入れ、近付いてくる顔に気付いて目を瞑る。
「……いや、やっぱいいわ 」
……が、唇に吐息が触れたところで顔が離れた感覚がした。
「……なんで 」
「無理矢理させてる感あって……なんか萎えた 」
「おれ別に嫌とか言ってませんけど 」
「だし、ゴム無いだろこの家。俺今持ってねえし 」
「……あー……ある、んですよね、それが……」
なんとなく目を逸らしてそう言うと、「なんで?」と返ってきた。
「年末実家に帰った時に、姉ちゃんの婚約者さんに選び方教えてもらって……んで……えーと……封開けて……」
「んで?……誰かと使った?」
抱く腕に力が入り、怒りを抑えた声でそう言われた。そりゃ好きな子が自分の知らないところで誰かとしてたらキレるよなぁと、気持ちはわからないこともない。……言いたくないなぁ……でも言わないとずっと怒ったままなんだろうな……
「…………その……一人で……」
「……へえ?」
「普通に前触ってるだけだと、前みたいに途中で萎えるから……その……クリスマスのこと思い出しながら、自分で指にはめて……あの、もういいですか!?言わなくてもさぁ!」
「勝手に話し出したのそっちだろ。てか……俺とした時のこと思い出してたんだ?」
「……だって、後ろそれしか知らないから……」
急に恥ずかしくなり、顔が熱くなってきた。はー……とため息をつき、「水飲んできます」と言って台所に逃げようと立ち上がろうとし……
「……うわっ 」
ぐいっと肩を掴んで戻され、再度片桐先輩の腕の中に収まった。
「あの、せんうっ……」
そのまま唇が重なる。一瞬触れるだけのキスの後に目を開けると、ぱちっと視線が合った。
「はーかわい……。それさ、サイズちゃんと選んだ?」
「……選んでないかも…… 」
「そこは教えなかった感じか 」
「多分お義兄さん、おれの体格見て選んでたから……。ていうか、写真とか見せてないから多分先輩のことも女の人だと思ってる 」
「え、マジ?んじゃ折角だし、今日は春樹がタチやってみる?」
「前にネコは面倒って言ってませんでした?」
「そうだけどさぁ〜。たまにはいいだろ、こっちやっても 」
片桐先輩は「ま、無理そうなら俺がタチやるから 」とおれの頭を撫でてどこかの部屋に向かった。……ドアの音からして多分風呂場だ。
ああ、処女どころか童貞まで片桐先輩に奪われるのか……。
なんてくだらないことを考えるも、久々に会えたからかさっきのキスだけでその気になってきている。
はー……とため息をついて、遊びに行く用のカバンからゴムの箱を取り出した。サイズはM……はっきり言ってよくわからない。でも普段指に入れてんのこれだしなぁと思って、袋を一枚切り離した。
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