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第30話
バレンタインの朝、登校すると靴箱にはチョコが二つ入っていた……。
「……ああ 」
なるほど。おれも貰える側かと理解して、それを二つともカバンの中に入れた。そのまま教室に向かっていると、「朝倉君」と階段で隣のクラスの女子に声をかけられた。
「あの、これ片桐先輩にお願いできる……?」
「いいよ 」
「ありがとう……!あとこれ朝倉くんに 」
片桐先輩宛ての大きめのチョコマフィンと、おれ宛てのやや小ぶりなチョコマフィン。こちらは二個入り。いっぱい食べれるのは嬉しいなと思いながら自分宛てのチョコをカバンにしまった。
「朝倉おはよー……あ、なんかもう貰ってる 」
「片桐先輩宛てなこれ 」
「あーな 」
既に三個もらっているがそれはそれ。ペンケースを机の中に入れようとすると硬いものがぶつかった。覗くとピンクの箱が入っている……。
「あーこれだから顔がいい奴は……」
「そんな言う?」
「少なくとも一個はもらえてんじゃん 」
「あ、これ四個目 」
「四個!?」
クラスメイトの男子はざわつく。「朝倉顔可愛いしさぁ」とギャルグループの女子が笑った。
「てわけであたしらからもあげる〜 」
チロノレチョコ一個。「ありがとう」と告げるとそのギャルグループの子は他の男子にも配り始めた。それを口に放り込み、チョコのとろける感覚に思わず顔が緩む。咀嚼して自販機で買った牛乳でそれを喉の奥に送り込み、カバンからチョコを二つ取り出す。
「安達、神崎 」
先に来て駄弁っていた二人に声をかけ、「はいこれ」と綺麗にラッピングしたチョコカステラを渡す。二人は怪訝そうな顔をしてこちらを見つめた……。
「……哀れみ?」
「お前貰いもん横流しってさぁ……」
「おれの手作りの友チョコだよ 」
失礼な……とぼやくと何度もこちらの顔とチョコを交互に見出した。可愛らしいラッピングの、丁寧な形のチョコカステラ……。女子っぽいとでも思ってるんだろうな。
「……一応聞くけど、片桐先輩の分は用意してるんだよな?」
「え?してないけど 」
「え?」
「え?」
神崎の質問に答えると微妙な空気が流れ、安達は「返すわ……」とチョコを突き返してきた。「返品不可」といって受け取らなかったが。
「なんで用意しないんだよ。片桐先輩のこと好きなんだろ?」
「欲が出てくるから無理 」
「好きなんだし欲出してもいいんじゃねえの?」
「そっちじゃなくて、なんで片桐先輩を構成する食べ物がおれの作るやつじゃないんだろうって思考になる 」
「うっわ……」
案の定引かれた。どっちにしろ、もう今年は片桐先輩に渡さない。渡すとしても購買で買ったチョコ系のデザートにする。そう決めるとポケットに入れていたスマホが震えた。
[ もう学校ついてる? ]
片桐先輩からのメッセージで、『ついてます』と返信する。「片桐先輩?」と神崎の問いかけに肯定し、少しすると……
「はーるき、チョコある?」
「ああ……どうぞ 」
ニコニコしながら教室に来たため、頼まれものを渡した。自分で聞いといて「えっマジ?」と驚き、その頼まれチョコを見て……妙に嬉しそうで、何か勘違いしているのに気付いた。
「それおれが作ったんじゃないですからね 」
「…………えっ?」
「頼まれものです 」
「……春樹からは?」
「無いですけど 」
告げると、「ない……」とショックを受けた表情で固まってしまった。
「……あの、えーと……ごめん、春樹の友達。名前なんだっけ 」
「俺が安達で、こっちが神崎です 」
「それ誰から?」
「朝倉からの哀れみチョコ……」
「友チョコだっての 」
「なんで友チョコ作って俺のチョコ無いの?」
『だって片桐先輩そういうのじゃないし…… 』
なんて言ったら泣くだろうなぁ……。そう思って何も言えなくなった。ため息をつき、自分の席に向かってカバンから保冷バッグを取り出し、さっきの所に戻り……
「はい 」
「……弁当?」
「それ今年のチョコってことで。本当は自分の昼食なんですけど 」
バッグを開けてキンキンに冷えた中身を取り出し、包みを解いて蓋を開けると、中には弁当箱いっぱいのふわふわチョコカステラが……。
「中にフルーツ入れてクリームも絞ってるんで、スコップケーキみたいに掬って食べてくださいね 」
「……春樹お前……いつか糖尿になるぞこれ……」
その心配そうな発言に安達と神崎も「甘党にも程があるだろ……」と頷く。心配がちょっとイラッとしてしまって、「やっぱり返してください」と奪い取った。
+
昼食の時間にチョコは増えた。弁当箱の中身を見られて「それ大丈夫……?」と聞かれたが、大丈夫なのは大丈夫だろう。やってみたかったんだよねと言うと、チョコをくれた女子は引き攣った笑みを浮かべた。
そして放課後にまたチョコが増える。完全な義理と昼に食べたのも合わせると合計八個。朝からずっと甘い口内で今日はいい日だったなと思いながら、顔がわかる人へのお返しは何がいいか考えつつ空き教室に向かった。
「……あれ、片桐先輩?」
階段を下り、曲がったところ。しっ、と廊下に出ていた片桐先輩は人差し指を立てた。……ここの空き教室、珍しく誰かいる……?
「中で告白してる。今日は帰るぞ 」
「えっ、でも勉強会……」
「あー、んじゃ図書室……いや、今日閉まってるか…… 」
図書室が開くのは昼休みと、月水木の週三日。一応自習室も無いことはないが、基本的に声を出せないため勉強会には不向きだ。
「自習しときますよおれ 」
「しねえだろお前。俺の家か春樹の家か……」
帰りながら決めようぜと階段を降りながら言われ、ぽんぽんと頭を撫でてそのまま片桐先輩は靴箱の方に。……なんとなく裾を軽くつまみ、階段下の物置の方に引っ張るとついてきてくれた。放課後になってからそこそこ時間が経っているためか、廊下を歩く人間も少ない。
「何?こんなとこ連れてきて 」
「……おれも別にね、チョコ用意しなかったわけじゃないんですよ。でも気付いたら全部食べてて……」
「お、おう……お前チョコ好きだもんな……」
期待しているようなニヤついた顔が一瞬で困惑した。はー……とため息をついて片桐先輩の方を見る。
「目閉じててください 」
オッケー、と軽い返事をして片桐先輩はすっと目を閉じた。手を伸ばし、頬に手を添えてくすぐるように髪をいじる。……本当に顔はいいよな、この先輩。
なんて考えながら後頭部に手を回して顔を近づける。薄いが柔らかい唇から舌を割り入れ、すぐに口を離した。……酷く顔が熱い。
「……これ、今年のおれからのチョコってことで 」
目を合わせず口を軽く拭って、それじゃあ、と立ち去ろうとしたが壁に手を突かれて逃げ道を封じられた。
「春樹くーん……そんな可愛いことされて、俺が一口だけで満足すると思ってんの?」
「えーっと……どうですかね…… 」
「もうちょっと食わせて 」
何度も唇が重なり、どっちの意味でだよと言いたくなったが……ずっと舌を吸われて声が出せず、文句を言うのはできなかった。
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