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第33話 ※自傷の表現を含みます

……そう思っていたが、やっぱり玲央と出会ったストレスが響いていたのか、数日に渡って夢に出て何度も夜中に目覚めた。寝汗もすごくて気持ち悪い。 思い出して吐いてしまうのが嫌で、何も考えたくなくて耳にピアスを開けた。それでもずっと夢の中のことが頭に浮かんでくる。四つ開けたが、それでも思考を止められない。ずっと怖かった記憶が頭の中を駆け巡る。 ……ふと思い立って、買ったものの使ってなかったニードルを手にした。鏡を見ながら舌を出して、ちょんと先を触れさせる。そのままグッと押し込むと——— 「っう"……!」 深く刺し、開けることを読んでいたのか『サクラちゃんに似合いそう』とフォロワーが送ってくれた舌ピアスを装着しながらニードルを引っこ抜き、思わず投げ捨てた。予想していたよりは痛くないが、やっぱり痛いのは痛い。鏡に映る舌を見ていると鉄っぽい味がしてきた気がする。 でもその情報量で一気に嫌な夢の内容が飛んだ。ピアスを開ける時いつも使うアルコールを染み込ませたティッシュで消毒して、改めて鏡に映った舌を眺めた。 ……が、やっぱりよくわからない。そもそも痛くて何も考えられない。はー……とため息をついて時計を確認。 ……五時半かぁ……。たまにはちゃんと朝食を作ってみよう。かつおから出汁を取って…… ……なんて構想をしたが、やっぱり舌が痛いし作っても食べられなさそうだ。朝食作りはやめて、とりあえず二度寝することにした。 + 二度寝して起きたのは六時。家を出るまでかなり時間がある。痛みもマシになってきたし、『朝活』として自撮りをいくつかやってみたが……舌の痛みであんまり何も考えられない。仕方なく時間までダラダラと準備して……耳のピアスは色付きだと流石に先生に何か言われるため、透明のやつに差し替え。そのまま登校すると、校門前で安達と神崎に遭遇した。 「お、朝倉おはー……うわ、耳増えてる 」 「耳はずっと二個だけど 」 「じゃなくてピアス。何、また増やした?」 「今朝開けた。やけに早起きしたから折角だしって 」 二人ともよく気付くなぁ……と思いながら靴を履き替え、駄弁りながら教室に向かう。最初に気付いたのは珍しく安達からだ。 「片桐先輩となんかあったの?」 「ないけど……土曜に一緒に水族館行った 」 「デートじゃん 」 「先輩はそう言ってた。今度三人で行く?」 「いいよ。神崎は?」 「金ないから考えさせて 」 そう話しながら教室に。「なんか話し方微妙におかしくね?」と神崎に言われたため、べっ、と舌ピアスも見せると二人とも顔を見合わせた。 + 「お前ピアス五個開けたってマジで?」 昼休み。片桐先輩と一緒にご飯を食べるために食堂に向かう途中、誰に聞いたのかそう問いかけられた。朝と同じように舌を見せると、「マジじゃん……」と心配そうな表情になった。 「一気に開けすぎじゃね?耳とか今いくつだよ 」 「いくつ開いてます?」 「数覚えてねえとかやばいだろ。なあ、土曜日本当になんかあった?話聞くけど 」 「……言ってもどうにもならないんですよ 」 ほらご飯、と食堂の中に入って日替わり定食を確認した。……舌が痛いから今日はコンビニで買ったバナナジュースだけの予定だが。 「席取ってますね」と言って向かい合わせの席を取る。まだかなぁと片桐先輩を待ちながら朝撮った自撮りのトリミングを行いながら少し待つとトレーを持った片桐先輩が来たが……浮かない顔をしていた。 「……なあ春樹。俺ってそんなに信用無い?」 「無いことはないですよ 」 「そっか……んなレベルじゃ話してくれねえよなー…… 」 はー……とため息をつきながら片桐先輩は割り箸を割ってラーメンを持ち上げた。 「そもそもおれ達、恋人でもないじゃないですか 」 「それなんだけどさ、俺らしょっちゅう一緒にいるじゃん?休日も一緒に出かけたりするし、格上げとかできない?」 「できませんよ、先輩飽き性なのに 」 ジュースを飲みながらそう告げると、片桐先輩はムッとした顔になり「まあそうだけど……」とラーメンを啜った。いいなぁ、舌痛くなくなったら最初にラーメン食べよう。 「でも春樹に飽きてねえじゃん。もうすぐ一年経つんだけど 」 「確かに 」 「……本気で好きなんだけどなー 」 「はいはい、ありがとうございます 」 伸びますよとラーメンを指さすと、片桐先輩は「飽きた」と丼をこちらに押した。舌が痛くて食べたくないと告げると「本当に大丈夫かよ」と心配されてしまった。 + 舌ピを開けて二週間が経過。舌の腫れは引いたし、膿んだりすることもなくいつもの舌に戻った。あと一ヶ月半か……とピアスホールの完成を調べて、長いなぁと感じた。 「そういやもう進級ですね、おれ達 」 「春樹進級できんの?」 「できますよ。失礼な 」 片桐先輩に勉強を教えてもらうようになって、中の上くらいの点数は取れるようになった。赤点ギリギリだった一学期の中間テストからは考えられない。 ムッとしていると「悪い悪い」と頭を撫でられた。そうじゃないんだが。 「……にしても、本当いっぱい開いてんな。耳たぶだけじゃなくて軟骨も?」 「はい。……どうです?」 耳に触れる片桐先輩にそう問いかけた。ただの自傷の跡なのに褒められたいとでも思ったのか、「痛々しい」という吐き捨てるようなコメントに、どういうわけか胸が痛んだ。

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