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第34話

四月になり、おれ達は進級した。春休みも片桐先輩と普通に会っていたが関係が変わることもなかった。強いて言えば、ピアスホールが安定するまでキスは拒否していたため、セックスはするのにキスは無しということくらいか。 「朝倉おはよう 」 「俺らまた同じクラスだって 」 安達と神崎に声をかけられ、掲示板に貼られたクラス表を眺めた。自分達のクラスと出席番号は…… 「……うわ、2ばっか 」 2年2組の2番。覚えやすいなと思いながら三人で談笑しつつ教室へ。 「そういや朝倉、片桐先輩のクラス見なくてよかったの?」 「え、なんで?」 「……まあお前がいいならいいんだけど 」 何だかよくわからないまま話が終わった。新学期になってもこいつらと同じクラスで、片桐先輩との関係もきっと変わらなくて、環境はあまり変わらないんだろうなと思うとどこか有り難かった。 今だって放課後に会って、一緒に昼食を摂るためファストフード店に行くくらいには…… 「あー……なんか、ごめん……ちょっと色々飽きてきたかも…… 」 「…………は?」 ……そう思ったのも、テリヤキバーガーを一口齧るまでまでだった。 + 飽きたかもという先輩の言葉に、聞いた瞬間嫌な予感はした。それでも片桐先輩はそれ以降、何に飽きたとか言わずに一緒にいた。……おれも、『無理して一緒にいなくていい』なんて言えたら良かったのに、先輩がいつもの雑談を始めたため何も言えなかった。 家に帰り、「はー……」とため息をついて着替えもせずベッドにダイブ。昼までだったのに、ご飯を食べて帰ったのに何故かドッと疲れた。時間もあったというのに今日はセックスもなし。……別に期待してたわけじゃないけど…… 「……でも、ちょっとはするのかもって思ってたかも 」 枕元に置いていたペンギンのぬいぐるみに告げるも、当然彼は何も言わない。ふにふにと腹を揉んで、顔を埋めて深呼吸すると少し落ち着いた。 ……このまま先輩との関係も変わるんだろうな。だって飽きられちゃったんだから。 そう思うとじわじわと目頭が熱くなってきた。 + 次の日。学校に来ると二年の下駄箱の前で片桐先輩は待ち構えていた。 「春樹おはよ 」 「……なんで居るんですか 」 「クラスわかんなかったし?」 行こうぜと片桐先輩はおれの肩を抱いた。いつもなら何も気にならないのに昨日の『飽きた』という言葉が頭を回って、思わずその腕を払いのけてしまった。 「おっと……今日はご機嫌斜めか 」 無視して早足で階段に。「おい春樹って〜」と追いかけてくる片桐先輩を置いて移動していると、階段で腕を引かれて——— 「あ 」 「あっ 」 ——— 一瞬の浮遊感の後にドサドサッと音がして、階段から落ちたということを理解するのに少し時間がかかった。 + 「本当大丈夫だって。落ちたの何段だったよ。だしさ、俺が春樹のこと落としたみたいなもんじゃん 」 「……それはそうですけど 」 登校早々、たまたま通った体育の先生の手を借りて保健室に片桐先輩を担ぎ込んだ。 落ちた時に片桐先輩が抱えてくれたからかおれは怪我しなかったけど、片桐先輩は背中を思いっきり打ったらしくその場から動けないようだった。おれが保健室の先生に「頭を打ったかも」と言ったからかベッドに寝かせられている。 「でも一限サボれんのはラッキーだなー 」 「今日一日は全校でスポーツテストですけど……」 「二限から行くって。……本当大丈夫だから、そんな顔すんなよ 」 「おれ変な顔してませんけど 」 頭を撫でられてまた悲しくなってきた。ぼんやりと俯いてため息をつくと、片桐先輩の手が離れる。 「なあ、俺何かした?今日ずっとしんどそうじゃん 」 「……自分の胸に聞いてみればどうですか 」 そう返答すると予鈴が鳴った。授業に行こうと立ち上がると「春樹」と名前を呼ばれる。 「放課後いつもの教室な 」 無視してそのまま保健室を出た。 + 片桐先輩に言った通り今日は全校生のスポーツテスト。ハンドボールを投げたり反復横跳びをしたり、インドアには辛い日だ。 「次なんだ、長座体前屈?」 「あ、おれこれ自信あるよ 」 ちょうど空いたため、段ボールでできた装置を手にして体を曲げる。これ以上は顔にぶつかった膝が邪魔で曲げられないところで「うっわキモっ!」と安達の声が聞こえた。 「うっさいな……。今いくつ?」 「いやマジでその体勢で喋んないで……」 神崎にいくつか数えてもらって体勢を戻した。昔から体は柔らかくて、なんとなくずっとストレッチをしているから柔軟性は維持できている。 「足、縦にも割れるよ。ほら 」 「いやキモいキモいキモい!なんでそんな足開くの!?」 「安達さっきから失礼すぎない?」 場所を少し移動して、ぐいーっと前後に足を開いた。ぺたんと上体をまっすぐ着けることもできるが……これをやったら本気で安達にキレられる気がしてやめた。 「朝倉って子供みたいなところあるよな 」 「え、喧嘩売られてる……?」 「いや体温とか柔軟性とか。足は速いの?」 「知らないけど…… 」 小学校で足が速い子はモテるとかの話だろうか。少し考えて……やっぱりなんか喧嘩を売られている感じがしたため、バシッと発言者の神崎の肩をしばいた。 + 昼食と五限のシャトルランを経て、ヘトヘトになりながら放課後を迎えた。42回という結果に、体力落ちたなぁと引きこもりの結果を嘆いていると…… 「朝倉、この後空いてる?」 「あー……」 新しく同じクラスになったクラスメイトに声をかけられた。その問いかけになんと返事をするか考えつつスマホを確認すると、片桐先輩からメッセージが届いていた。 [ 放課後居残りで一限のテストやるから勉強会遅れます…… ] という文章と、謝罪のスタンプ。勉強会も何も、まだスポーツテストしか始まってないし、今日に限ってはただの口実だろう。 「ごめん、片桐先輩に呼ばれてる 」 「へー……やっぱ付き合ってんの?」 「ないよ。毎回振ってる 」 毎回……?と首を傾げるクラスメイトを放置して、カバンに体操着入れを押し込んだ。 「じゃあ、また明日 」 「おー。またな 」 カバンを持って、今日はゆっくりめに空き教室に。いつも座る位置にカバンを置いて、ふと窓の外を見ると、校庭に体操着の片桐先輩が立っていた。トラックのところにいるし、100メートル走の計測かな?そう思いながら眺めていると、パッと走り出した。 「……速いなぁ 」 13秒くらいか。部活もやってないのに速い。足長いもんなぁと思いながら眺めていると、女子と楽しげに話しているのが見えた。 「……なんか……」 やだな。 やっぱり飽きられたとしても、自分は片桐先輩が好きだ。だから他の……片桐先輩が付き合う可能性のある相手と話しているのを見るとモヤッとしてしまう。 ふとスマホが震えたため画面を見ると、裏アカウントのフォロワーからのDMだった。 [ 最近投稿してないけど、やめちゃった? ] ……そういや、舌が痛くて写真を撮るのも億劫になって、しばらく何も投稿していなかった気がする。いい機会だし、気分も落ち込んでるから気分転換に撮って投稿しよう。 ブレザーのジャケットを脱いで、ネクタイも外して、胸元も緩めて……珍しく一発で決まらなかったが、たまにはこういうこともある。 [ 進級記念 ] なんてつけて投稿した。舌ピアス開けたよ〜という報告と……肯定してほしさも兼ねてだが。目元から上を見えないよう切り取って投稿し、胸元も際どい位置まで広げて、軽く舌を出した写真。 「これで反応しょぼかったら泣いちゃうかもー……」 なんて言いながら少し待つ。……まだ夕方だというのに、フォロワー達は久々の供給に沸いた。 [ 進級おめでとう! ] [ 学校でエッチな自撮りするなんて……お仕置きが必要だね ] [ 舌ピしてフェラしてもらったら気持ちいいよね ] [ 口に出すから飲んで ] 『未成年』が『学校』で『こんな写真』を上げているということに興奮しているのか、時間が時間だから速度こそ遅いもののリプライやDMの熱量だけは凄まじい。その証拠に、新規の人間から『お小遣いいらない?』とパパ活の誘いがちょこちょこ来ている。やっぱ日本人って目元が見えないとそれなりに魅力的に見えるんだなぁ。 いつもならそれをそっとブロックするのに今日は何もする気にならない。服装を直して、ネクタイを結ぶのに苦戦して……再度投稿を見てため息をついた。 なんだか今日は、ずっと虚しい日だ。

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