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第35話
結局、あの後片桐先輩と顔を合わせたくなくて、体調が悪くなったと嘘をついて逃げた。次の日も行きたくなくて休んで……安達と神崎の心配のメッセージに罪悪感を覚えた。
目を瞑れば片桐先輩が女子と話していた光景が浮かんでくる。どこかにピアスを開けて考えないようにしたいのに、片桐先輩の『痛々しい』という言葉が刺さっていて開ける気が失せた。
ごろ、と転がって天井を眺めて、また不登校に移行するのか思うと流石に頭が痛くなってきた。明日はちゃんと行こう。流石に二度も不登校になって社会復帰できなくなるのはまずい。
はー……と、本日何度目かわからないため息をつくとインターホンが鳴った。そういやそろそろ実家から米が届くタイミングだと気付き、宅配便だと思って「はーい」と出ると……
「……げ 」
「げってなんだよ 」
元気そうじゃんとそこに立っていたのは、片桐先輩だった。
+
「学校どうしたんですか 」
お茶を出しながら質問すると「サボり」と堂々と告げられた。曰く、『復習とかいうわかってることの勉強が一番楽しくない』らしい。
「先輩今年受験生ですよね。三年入っていきなりサボりって……」
「でも春樹もサボりだろ?ならいーじゃん 」
「熱出てたんですよ、昨日。39度 」
よく口からポンポンと嘘が出るなと自分でも感心する。食べたら帰ってくれないかなと思いながら茶菓子を出して、再度キッチンに引っ込んだ。食器も鍋も一人暮らしだから量もないのに、既に洗ったそれを何度も、ゆーっくりと洗って、片桐先輩が帰るのを待つ。
「春樹、そっち行っていい?」
「駄目。制服に泡がつくんで 」
「いいよそんくらい。なんか手伝おうか?」
「いえ、もう洗い終わるんで大丈夫です 」
蛇口を止めて乾燥カゴに汁椀を伏せて入れた。食器乾燥機があったらいいのになんて思ったこともあったが、無くても夕飯までには乾くものだ。
「お前さぁ 」
急に背後から声が聞こえ、反射的に手が止まった。おれを腕で囲むようにシンクに両手を付かれて逃げられない。
「俺のこと避けてるよな 」
少し上から声が降ってきて一瞬言葉が詰まった。すぐに『違う』と言おうとしても、避けているのは事実で何も弁明できない。
「俺何かした?春樹に避けられんのだいぶキツいんだけど 」
「……気にしなきゃいいじゃないですか。なんでそこまでおれのこと気にするんですか 」
「気になるだろ、好きな奴に避けられてたら 」
「……嘘つかなくても 」
「は?何?」
ぼそりと呟いたのが聞こえたのか、苛立ちを抑えたような声に身がすくんだ。
「俺がいつ嘘ついたって?」
「……ついてるじゃないですか 」
「だからいつだよ 」
ため息をついて、ガシャガシャ音を立てながら洗ったものを全て乾燥カゴに入れた。
「別に、無理して一緒にいる必要ないですよね。おれ達付き合ってるわけでもないのに。ていうかなんでうち来たんですか。飽きたんなら他の人のところ行けば?」
最後に余計なことまで言ったような気もする。言いたくないことまで言ってしまって後悔したが、もうどうしようもない。
「飽きたって俺がいつ……」
「言ったじゃないですか。……あり得な、自分で言ったことも覚えてないんですか?」
くるっと片桐先輩の方を向いた。思ったより近くに顔があって一瞬怯んだが、それでも口が動くのは止まらない。
「もういいでしょう?さっさと家帰るか学校戻るかしてもらえます?おれも、いつまでも好きでもない人を家に上げたくないんですけど 」
「……あっそ 」
そう告げると片桐先輩はシンクから手を離し、リビングに戻って行った。
「帰る 」
「どうぞご勝手に。……あ、そのお菓子持って帰ってください。おれそれ食べないんで 」
一度部屋から出て行った片桐先輩はため息をついて、そのお菓子を回収してから「お邪魔しました」と不機嫌そうに言って出て行った。
……ドアの閉まる音を聞いた後、ドッと一気に疲れた気がしてしゃがみ込んだ。ただ会っただけなのにどうしてこんなに疲れたのか。
「……『好きでもない』かぁ……」
本当に、よくポンポンと嘘が出てくる口だ。
片桐先輩のことは好きじゃないわけない。あんなこと言うつもりなんてなかった。
……あんなおれに怒った顔、初めて見たかも。
そう思うと重いため息が出た。
+
次の日学校に行くも、当然片桐先輩と遭遇することはなかった。靴箱の前で待ってるわけでも、教室に来るわけでもない。放課後にもお互い会うこともない。その次の日も、更に次の日も。
「……朝倉、片桐先輩と何かあった?」
「飽きたんだって、やっと 」
「ああ……そうなんだ 」
移動教室の準備をして、心配そうに問いかけてきた安達と一緒に音楽室に向かう。神崎は二年の選択授業で美術を取ったため、音楽室に一緒に行くことはない。叩けば音が鳴る打楽器はともかく、それ以外の楽器だととても聴けたものではない。
「大丈夫?」
「何が 」
「メンタル。だいぶいきなりじゃん、今回のこと。だから学校休んでたの?」
「……まあ……」
なんとも言えない返事をするとトントンと背中を叩かれた。安達が事情を知っている友人だからか、久々に誰かに触れてもらうことにどこか安心した。
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