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第36話

放課後、片桐先輩との勉強会がなくなったため暇になった。何しようかなと考えていると…… 「朝倉、今日暇だろ?カラオケ行かない?」 「いいよ 」 誘いに即答すると、誘ってきた相手はそこまですぐ了承すると思ってなかったのか驚いた表情を浮かべた。 「駅前のだよね 」 「あ、うん……。……あの、誘っといてなんだけど……女子も来るけどいい?」 「え、いいけどなんで聞くの?」 「なんとなく……。まいいや、じゃあ行こうぜ 」 誘ってきたクラスメイトは「朝倉来るってー」と、多分カラオケに行く子のグループに声をかけた。そのままそのグループで移動して、おしゃべりしながら靴箱へ。話したことのない相手でも相槌を打つだけで話が進む。なんて便利……。 「朝倉くんいるのなんか新鮮〜。あたしの名前覚えた?」 「ごめん、まだ覚えてない 」 「えーつら。んじゃ綾香って呼んでよ。あたしも春樹くんって呼ぶから 」 呼び捨てはちょっと……と軽く会話しながら靴を履き替え、校舎を出る…… ……と、出たところにいたのは…… 「……あ、はる———」 無視してそのまま戻った。まだみんなだらだら靴を履いている。片桐先輩が何か言いかけたのを気にしないようにしたが…… 「あっ、そーま先輩 」 ……なんて片桐先輩を呼ぶ甘ったるい声が聞こえて体が固まった。思わず振り向いて先輩の方を見ると…… 「帰るんですかぁ?アタシの家も多分同じ方向なんでぇ、一緒に帰っていいですかぁ?」 なんとも頭の悪い話し方をする……多分、制服の新しい感じから一年生が片桐先輩にベタベタ引っ付きながら話しかけていた。 片桐先輩は適当にあしらっているが、声をかけてきた一年生はめげない。 ……助けてあげてもいいけどそんな義理無いしなぁ。それに喧嘩したようなものだから声をかけにくい……。 「春樹くんどうしたの?」 「なんでもない 」 「……あの先輩知り合いだよね?絡まれてるけど助けなくていいの?」 「いいよ別に。一人でなんとかできる人だから 」 おれらも行こ、とカラオケグループがほぼみんな移動するのを見て声をかけた。 片桐先輩のことは見捨てた。 + カラオケについた後も片桐先輩のことが頭に残っていた。前もおれに会えなかったから調子が悪くて女の子をうまくあしらえなかったらしいし。 「朝倉?次始まるけど 」 「ああ、うん……ごめん、ぼーっとしてた 」 マイクを受け取り、息を吸い込んで入れた曲を歌う。高音と低音の差がかなりある曲だが、持ち歌のため歌い慣れてなんだかんだでちゃんと歌える。 ……そういや、片桐先輩もこの曲好きだって言ってたな。 間奏の間にドリンクを飲みながらふと思い出した。あー……なんか、思い出す度にしんどいなぁ……。別に付き合ってたわけでもないのに、好きだったからか、ずっと一緒にいたからか……考えないようにしてもどんどん片桐先輩との思い出が出てくる。好きな食べ物、手作りの唐揚げを食べさせたこと、助けてくれた始業式の日のこと、初めておれから先輩のことを求めたクリスマス…… ……なんて、片桐先輩のことばかり考えながら歌っていたせいか後半の音程はガッタガタだった。採点画面もあまりにもな結果でため息をつく。 「ドリンク取ってくる 」 コップを持って部屋を出た。同じ階にドリンクバーがあるの便利だなと思いながら角を曲がってドリンクバーに。 ……何か揉めてる?あれはうちの女子制服で、もう一人は……大学生? 「だからしつこいって……!」 「だって君がうんって言わないからさ〜。ね、いいでしょ?可愛いし。優しくするから……」 「綾香、もう順番回ってくるよ。戻んなよ 」 綾香の前に割り込んで声をかけると、彼女は一瞬『助かった』という表情を浮かべて「ありがと」と呟いて戻っていった。 「……あのさー、君空気読めないって言われない?今あの子と話してたんだけど 」 無視してコップをセットして、ボタンを押してウーロン茶を注ぐ。7割くらいまで注いだところで「聞いてんのかよおい」と肩を掴まれ強く引っ張られた。痛くて思わず睨み付けるも、相手はこちらの顔をジロジロ見てくる。 「……あー、でも君でもいいか。可愛い顔してるし。ピアス穴の数すごいけど、もしかして服の下にも開けてんの?な、俺らの部屋来て見せてよ 」 そのまま手がすすっと背中を滑り、前に回ってくる。そのまま胸元まで手が滑らされて——— 「……っ、」 友達でも大好きな人でもない相手に体に触れられる感覚が嫌で、久々に喉が詰まる感覚がした。じっとしていれば終わる。きっと反応を返さないならすぐに飽きる。 ……そう思ってじっとしていたら、「痛たたっ!」と声が上がって急に手が離れた。 「すんません、こいつオレの恋人なんで。いやらしい触り方やめてもらっていいですか?」 聞き覚えのある低い声に思わずそちらを向く。この間見た髪型もメガネも変わらず、天井から降ってくるライトが逆光になって、ただでさえ高い身長で余計に威圧的に見えた。 ぱっと手が離されると、さっき綾香やおれに絡んできた大学生はそそくさと立ち去った。 「……別に怪我とかないよな。じゃあ 」 そう言いながら助けてくれた相手———玲央は、こちらに背を向けて立ち去ろうとした。思わず「待って」とその手首を掴んで引き止めてしまった。 「……っ、あの、助けてくれて、ありがとう……ござい、ます……」 声が震える。息が上がるのはきっと恐怖のせいだけじゃない。目が合わせられないし、今だって玲央の手首を掴んだ手も微かに震えている。それでも、助けてくれたのにお礼を言わないのは自分のプライドが許さなかった。 「……怖いなら無理して礼言わなくていいから。本当、昔から律儀だな 」 頭を撫でられ、何故か一瞬恐怖が和らいだ。頭を上げて顔を見ることもできて……昔の、最後に見た表情と全然違うのに気付いて震えは止まった。 「……ごめん、つい 」 「……玲央……先輩。少し話せませんか?」 握る手に力を込める。どうしてか、怖い相手なのに口から誘いの言葉が出た。 + スマホで『中学の頃にお世話になった先輩と会ったからちょっと抜ける』と連絡を入れて、その後にフロントの階のソファに二人で腰掛けた。少し距離を空けて座っているが、それでも声は普通の声量でちゃんと届く。 「今おれが二年生だから……玲央先輩は大学生ですか?」 「ああ。……春樹に会わないように遠くの大学に来たのに、まさかお前もこの辺の高校に通ってるとは思ってなかった 」 「……おれも、中学の同級生には会いたくありませんでしたから 」 まさか家から電車でかなり離れている距離なのに会うことになるとは……。いじめっ子に遭遇したこともあったが、もしかしてここの地域っておれの地元の人間が多い……? 「にしても、よくおれってわかりましたね。最後に会った時より身長も伸びてるのに 」 「顔あんま変わってなかったしな。あと……そのメッシュ 」 まだ入れてんだと玲央は嬉しそうに破顔した。そりゃあ、自分が入れたものをまだ続けているから嬉しくもなるのだろう。 「だって玲央先輩が『ずっとそれで居ろよ』って言ったから。……言われたこと忘れてたけど、なんかやめられなくて。今も似合ってます?」 マゼンタのメッシュを指先でいじりながら問いかけると「似合ってる」と微笑んだ。 その言葉にほんの少しだけ心が満たされた。 まだ長い時間顔を見るのは怖い。でもこちらが怖がらないように距離を取ってくれている。触れたいのか少し手を伸ばそうとすることはあっても、すぐに自分の頭をかくか、手を下ろして何もしてこない。 ほんの少しだけ、小指のつま先くらいだけ、玲央……先輩のことが怖くなくなった。

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