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第37話

帰宅して晩ご飯を作っている最中、ブーッとスマホが震えた。ちょっと前に投稿したし、DMかな?と想像しながら画面を見ると片桐先輩からのメッセージだった。[ 今から行っていい? ]と一言だけ。 程なくしてインターホンが鳴って……迷った末にドアチェーンを下ろした後、そのまま開けた。 「……だから誰か確認してから開けろって 」 「来る人わかってるんですから確認しなくてもよくないですか 」 どうぞ、と家に上げようとしたが「ここでいい」と断られた。……今日金曜日だけど、しなくていいのだろうか。そのために来たんじゃないの? 「あのさ……昨日はごめん。急にキレて帰って 」 「謝るのそのことに対してですか?」 「…………あの、俺本当に『春樹のこと飽きた』とか言ってた?」 「言って……」 言ってたと言おうとして、ふと思った。あれ、何に対して『飽きた』って言ってた?おれの方を見ながら言ってたからって、おれと居ることに『飽きた』って言ってたわけじゃないんじゃ……?……ていうか、おれに飽きたんじゃないなら何に謝ったんだこの人。 「……水曜、何に対して飽きたって言ってました?」 「何にって……なんだっけ?少なくとも春樹のことじゃねえけど 」 「……そうですか 」 それだけでも安心した。同時に、自分が怒っていた理由がただの勘違いであったことに気付いてほんの少し申し訳なくなった。 「俺が春樹に飽きるわけないだろ 」 「それが信用できないんですよね。片桐先輩飽き性ですし、家で映画見てても15分で飽きてちょっかいかけてきたりスマホいじり出すじゃないですか 」 「……まあそうだけど……」 「だから、今はまだ飽きてないって思っておきます 」 今は、と強調するように告げた。すると片桐先輩は「今後も飽きねえってどうやったら証明できる?」と不安そうに問いかけた。その表情がどういうわけか叱られた子犬のように見えて、手を引いて家の中に招き入れた。 「とりあえず上がって、ご飯食べてってください。その後は……自分で考えて 」 今日は金曜日。いつもならどちらかの家に泊まる日。おれが招き入れたのならきっと先輩も理解してる。ドアが閉まると片桐先輩はそのままおれの腰を抱いて……自然と唇が重なった。 + 片桐先輩と週末を過ごして月曜日。校門が近づいてくることにつれてため息をついた。本当に今から学校に行くのが嫌だ。 「ため息ついても行くしかないだろ。何が嫌?」 「片桐先輩と並んで登校するのが嫌 」 「我慢しろ 」 繋がれた手を振り解き……かけて、やめた。手を繋いでようが繋いでまいが、朝から一緒に登校してる時点で確実に二年生以上からは何か言われる。はー……と再度重いため息をつくと、校門をくぐる前に後ろから「そーませんぱい♡」と甘ったるい声が聞こえてきた。 「おはようございまぁす。朝から会えるなんて思ってませんでしたぁ 」 「あー、俺も思ってなかったわ。遅れないうちに行ったら?」 珍しくド塩対応で少し驚いた。金曜日、よっぽど苦労したんだろうなとしみじみ思う。 「片桐先輩、おれも遅れないうちに先行きますね 」 「え、駄目 」 「えぇ…… 」 手が離されたが、片桐先輩は腕をおれの腰に回して抱き寄せる。学校の近所で人が多いのにこういうことは本当にやめてほしい……。 「……あの、そーま先輩。その人顔がシワシワになってますけどぉ……」 「いいのいいの。俺ら付き合ってるから 」 「付き合ってないからね 」 あまりにもナチュラルに付き合ってると言われすぐ否定した。……が、もう付き合ってもいいんじゃないかとも思えてきた。 するっと片桐先輩の腕から抜けて、少し早足で校門をくぐる。「おい春樹ってー」と追いかけてくる片桐先輩を放って靴箱の前まで来て、スマホの画面をつけた。メッセージアプリを開いて片桐先輩とのやりとりを開いて…… [ 今日お昼空き教室で ] それだけ送って一旦画面を閉じた。数秒後、OKのスタンプと嬉しい!というスタンプが連続で送られてきて、こちらも少し嬉しくなった。 + 四限終了のチャイムが鳴り、おれは鞄から二人分の弁当を取り出して空き教室に向かった。 「……流石におれのが早いか 」 無人の空き教室。春といえど四月の序盤。やっぱり人がいないとまだ肌寒くて、クシュンッと小さくくしゃみが出た。 片桐先輩が来るまで席のセッティング。といっても机を引っ付けて弁当を置くだけだが。まだかなぁと思いながらスマホをいじっているとガラッと教室の扉が開いた。 「ごめんお待たせ。飲み物買ってた 」 「これ春樹の分な」と片桐先輩はおれの座っている方の机に紙パックのカフェオレを置いた。……おれコーヒー系、どんだけ砂糖入れても飲めないんだけどな。 「やー、本当腹減った……。さっきの時間家庭科でさ、めっちゃ料理のこと学んだ。なんか三年は毎学期調理実習するんだって 」 「へえ、楽しそうですね 」 「そりゃ春樹はな。料理得意じゃん 」 いただきます、と片桐先輩は弁当箱を開けた。中には玉子焼きと、土曜に二人で作ったハンバーグと…… 「ほら、一人でもこんな弁当作れるし。俺玉子焼き焦がすし、なんか三角になるし…… 」 「三角……?」 三角の玉子焼きがピンとこない。ハートの玉子焼きを作るのに切った形しか浮かばず、首を捻った。 「……しかもやっぱり美味いしさぁ……。毎食食いてえよこの味。食わせて 」 「いいですよ。でも材料費は貰いますから 」 「……なんか色々心配になってきたわ…… 」 「え、急に何……?」 「俺以外に了承すんなよ」と釘を刺された。毎食はただの冗談ではなかったのか……?片桐先輩が何か食べてる姿は好きだし、弁当くらいなら作るけど。 「まいいわ。今日の弁当ありがとな 」 「いえいえ。そういや片桐先輩、おれ思ったんですけど 」 卵焼きをつまんで口に含む。咀嚼して飲み込んで、疑問を口にした。 「おれらって付き合って何か変わります?」 「…………んー……確かに……?」 毎週二度は昼食を二人で摂っている。キスもセックスもしている。もちろん手だって繋ぐし、週末はお互いどちらかの家に泊まっている。これ以上何かするとしたら……なんだろう? 「じゃあ今のままでよくないですか?」 「……嫌なんだよなぁそれは 」 「なんでさ 」 「春樹を他のやつに渡したくない 」 ぱち、と大きく瞬きした。片桐先輩は難しそうな顔をしたままアスパラのごまマヨ炒めを突っついている。 「多分春樹は気付いて無えけど、だいぶ人気あるんだよな。流されやすくてバカだけど顔いいし、他人には丁寧だし、性格も女子受けする感じある 」 「悪口の部分いります?」 「ギャップギャップ。だからさ、いつか俺以外と付き合うんだろうなって考えたら……なんかムカつく 」 ぐさっとハンバーグに箸が刺された。行儀悪いと指摘するとすぐ抜いて箸でつまめるサイズに割り始めた。 「今は俺だけじゃん、知ってんの。春樹が手繋いだ時にどう握り返してくるかも、キスして唇離した時にちょっと舌が出るところも、やってる時……腹ん中擦り上げて気持ちいいところに当たった時、どんな顔でどんな声出すのかも……それを俺以外が知るのが嫌だ 」 「あ、おれ男と付き合うこと前提なんですね 」 「だって無理じゃんタチ 」 何も言えずグッと黙ってしまった……。 「……まあでも、春樹もツンデレなだけで俺のこと大好きだもんな 」 「嫌いじゃないだけですよ。勝手に人の属性追加しないでくれます?」 「はいはいごめん 」 わしゃわしゃと頭を撫でられた。さっきまでの少し張り詰めたような空気が和らいで、始まったいつものやりとりに少し安心感を覚えた。 ……片桐先輩しか知らないことか。と、マヨネーズが垂れて汚れた唇を親指で拭った。 ふと、中学の頃……自分からした玲央先輩へのキスが頭を過って、胸の奥が締め付けられる感じがした。

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