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第38話
片桐先輩とするのは毎週火曜と金曜。約束したわけじゃないけど、毎週毎週しているとなんとなく曜日が決まってしまった。
「片桐先輩っていつからこういうことしてるんですか?」
金曜に自分の家でことを始める前。ベッドの上で向かい合った姿勢のまま、なんとなく感じた疑問を投げかけると、少しの間の後、困ったように「えー……」と口を開いた。
「中学入ってから……?」
「イカれてるわ 」
「だよなぁ、俺も思う 」
「じゃあなんでしてるんですか……。顔の有効活用ですか?」
「春樹って俺の顔いいと思ってんだ 」
「照れる」とはぐらかすように笑いながら、改めてこちらの体を抱き寄せた。
「……快楽ってさ、なかなか手ぇ離させてくれねえじゃん。男子中学生とか猿だろ。だから余計に、一回全部受け入れちゃったら楽だなーって気付いちゃってさ 」
「……よくわからないです 」
「いいよ。わかってもらいたくて言ってねえから 」
……これ以上突っ込んで聞いてはいけない気がする。自分に知られたくないことがあるように、多分これは片桐先輩の知られたくないことなんだろう。後頭部をゆっくり撫でる手が『何も聞くな』と訴えてきている気がする。
「ごめんな、春樹 」
「なんですかいきなり。……あのおれ、一度も女の子妊娠させてないって信じてますからね 」
「毎回ゴムしてたっての 」
ほんと失礼だなと、こちらの頭を撫でていた手がむにっと頬をつまんだ。
「やっぱ俺が他の人としてたら嫌?」
「別に。付き合ってないんだし自由だと思いますけど 」
「今はお前だけだって 」
「ふーん……」
そんなに不満そうな声だったのか、チュッと一瞬唇を吸われた後、今度はいつものように頭を撫でられた。本当に不満はないんだけどな……。
「おれも、こういうことすんの今は片桐先輩とだけですよ 」
「じゃなきゃ困るわ 」
とそのまま、またキス……されそうになった瞬間「は?『今は』って何?」と唇に吐息のかかる距離で問いかけられた。
「今後どうなるかわからないでしょう?」
「……お前本当そういうとこあるよな 」
そのままこつんと額同士がぶつかり、至近距離で見つめ合う。じ……と目を合わせたまま、今度はこちらから唇を重ねた。
+
時は過ぎて5月。ゴールデンウィークも中間テストもそこまで大きな出来事はなかった。テスト明けの服装チェックで、ピアスとメッシュについてこんこんと叱られてから教室に。
「朝倉の説教長かったな 」
「めっちゃ疲れた。でもメッシュもピアスもやめないよ 」
そんな会話を楽しむ中、チャイムが鳴ってホームルームが始まった。委員長が前に立ち、副委員長がチョークを持って黒板に大きくやることを書き出す。
「じゃあ今日は六月の体育祭のくじ引きと、七月に行く課外授業の、自由行動の班決めをやりまーす!」
ああ、なんかそんなのあったなと去年の片桐先輩の様子を思い出した。珍しく「狂言だっけ?面白くて最後まで観ちゃった」なんて言っていたのが印象に残っている。
体育祭の赤組と白組を分けるくじ引きの箱と班分けのあみだくじが回された。適当に名前を書いて、詳細を聞きながら箱の中身を引いて、引いた組み分けの紙にも名前を書いて……班分けくらい自由でもいいんじゃないかと思いながら黒板を見つめる。
回ってきた委員長に組み分けの紙を渡して、黒板をじっと見つめて特に仲のいい安達と神崎と同じ組か確認すると……
「おれだけ白組か……」
ぺたりと貼られた名前のマグネット。安達と神崎は赤組の位置に。白組で話したことある顔が、下の名前と顔が微妙に一致してないけどこの間カラオケに誘ってきたクラスメイトと、綾香と名乗った女子と……
「組み分けはこの通りです。写真撮った子誰でもいいからクラスのグループで共有しといてね。そんで班分けの発表の前に、自由行動で行っていい範囲と……」
適当に聞き流すことにした。多分聞いてなくても同じ班の子が覚えててくれるし。
……おれ100メートルのタイムどうだったっけ。去年よりは遅くなってる気がする。こういう記録って、先生に聞けば教えてくれたりするんだろうか。
うーん……と悩んでいると、班分けも終わったらしく、説明する委員長の裏で副委員長によってマグネットが貼り直された。男子3女子3の班分けは……よかった、こっちは安達と神崎も同じ班だ。
「じゃあ案の定時間余ったし……来週月曜からある体育祭の練習のために、集合場所について周知しておきます。赤組は体育館、白組は講堂!例外的に二年が組長やるかもしれないから言っとくんだけど、基本的に練習は外でやってください!体育館はともかく、講堂で暴れないように!」
白組の一部男子がブーイングを飛ばしたが、委員長は強いため「しーずーかーに!」と教卓を叩いて黙らせた。去年も同じクラスだったけど、本当に強いなぁ……。来年とか生徒会に入ってそう。
「えーとあとなに決めるんだっけ……あ、クラスTシャツか。用紙ロッカーの上に置いとくからデザインある人は来週の金曜までに提出してください。デジタルで描く人はコンビニとか学校のコピー機で印刷して持ってきて。……あ、著作権の問題でアニメキャラそのままとかは禁止だから!」
そう委員長がアナウンスしたところでチャイムが鳴った。次の授業なんだっけなと時間割を確認しながら終わりの挨拶を済ませ、机の上に教科書を出した。
+
「えっ、片桐先輩も赤組!?」
昼休みに入り、今日は片桐先輩と食べる日のため食堂に。持ち上げたわかめうどんの麺をそのまま下ろして、仲のいい知り合いが軒並み敵という事実に打ちひしがれた……。
「そ、赤組。春樹は……白か、その顔だと 」
「知り合いほとんど赤なんですけど。なんですかこの偏り 」
「俺に言われても……。まあ、どんまい?」
笑いながら中華丼を掬う片桐先輩。なんか腹立つな。
「ここまで敵ばっかだと絶対負けたくなくなってきた…… 」
「おー頑張れ頑張れ。ちなみに何出たい?」
「自由参加のやつならスウェーデンリレーの第一走者 」
「んじゃ俺もそれ出よっと 」
はぁ〜……とため息が出た。四月の頭に見たが、片桐先輩は当然のように足が速い。長い足を有効活用している。おれも速い方ではあるが、確かタイムが100メートル14秒くらいだった気がする。それでも速いのは速いが……
「身内全員そっちにいるからマジで負けたくなさすぎる…… 」
おれのぼやきに片桐先輩は笑っているが、こっちは笑い事じゃないんだ。
……正直今からやることはあんまりやりたくなかった。そもそもこのメッセージ相手のブロックも解く気がなかった。でも一番走りを知ってる相手だから頼らざるを得ない……。
相手の名前をタップして、ブロックを解除してメッセージを送る。
[ 今日の四時半くらいから時間ありますか ]
四年前の十一月で止まった日付が今の時間に更新された。すぐに既読がついたため、続けて『走りのフォームを見てほしい』と送ると、短く『わかった』と……玲央先輩から返事が返ってきた。
……これ場所の指定以外にスタンプとか送ったほうがいいんだろうか。この人ガタイに似合わず可愛いものが好きだし、喜ぶ気がする。
……顔が見えないと色々冷静に考えられるな。フーッとため息をついてウォーターサーバーから汲んだ水を半分まで飲み、片桐先輩に視線を合わせる。
「片桐先輩。今日勉強会中止で、おれに着いてきてもらっていいですか 」
「いいけど、どこに?」
「……顔合わせにくい先輩と会うんで、一緒にいてほしくて 」
駄目ですかね……と問いかけると「あー……」と少し間延びした返事が返ってきた。
「顔合わせにくいってなんで?喧嘩した?」
「喧嘩……っていうか……ちょっとトラブルがあったまま出会わなくなってしまって 」
「……んで呼び出された?」
「いや呼び出したのはおれの方からなんですけど……自分で呼んだけどやっぱり二人だときついと言いますか 」
ゴニョゴニョ言い、誤魔化すように水を飲み干した。片桐先輩もため息をつきながら「まあいいけど」と改めて了承してくれた。
「春樹が素直に頼ってくんのも珍しいし 」
「そうですかね…… 」
「だいぶな。最後に俺に頼ってきたの何だっけ……一年の中間テスト?なんか『夏休みなくなっちゃう〜』って可愛い声で泣きついてきてさぁ 」
「記憶の捏造やめてくれます?」
確かに頼りはしたが、そんなに高い声は出した記憶がない。「出してたってー」と言う片桐先輩を無視してやわやわに茹でられたうどんを啜って……口がしょっぱくなったため、サーバーに水をとりに行った。
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