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第40話 幕間
春樹に頼られて、その春樹が倒れたのが昨日。放課後に「マジで行くのかよ」とぐだぐだ止めるも「なら今日は来なくていいですよ 」と言われたため黙った。昨日のことがあったから心配になるんだよ。
「すみません、トイレ行ってきます 」
そう告げてトイレに向かう春樹を見送った後、フォームの指導をしていた東野はベンチに座る俺の横に座った。
今日こいつは春樹に触れることはなく、触ってフォームの矯正をする時も俺が仲介役になって行った。それでも春樹はギリギリの表情はしていたが。
「片桐くんって春樹と随分仲良いんだね 」
「一年の頃から面倒見てるんで 」
「ああ、通りで 」
年明けに、初めて春樹と繋がった時。うなされていたあいつを起こすと、寝ぼけたのか『れお』と俺じゃない誰かの名前を呼んだ。『ああこいつか』と、馴染んでいるように名前を呼ぶ春樹を見て、誰のことを呼んでいたのか気付いてしまった。
「……俺春樹に三回くらい振られてて 」
「えっマジで?」
「だからあんたが憎くて仕方ないんすよね。夢に出るほど春樹の人生に関わってて、魘されて起こしてパッと出る名前が『れお』だってことが本気で嫌だ 」
「…………ああ、そうか。あいつそんなに……」
反応が予想と違い、続けようとした言葉を引っ込めた。「そっか」とか軽く流すと思っていたのに俯いてため息をついている。
……本当に、春樹はこいつと何があった?
「何があったか聞いても?」
「春樹が聞かれたくないかもしれないから駄目 」
「……まあだいたい見当はついてんですけど 」
初めて泣かせた時の衝撃は、普段自分が拒否されることが少なかった分よく覚えている。『なんでおればっかり』と号泣したのも、性的なことにトラウマがあると言ってたのも……多分こいつ絡みだ。確証は得られていないし、そんな状態で詰めるつもりもないから何もできないが。
「信じてくれるかわからないけど、もうオレは春樹に何かする気は無い。受けた大学とそっちの高校が近かったのは本当に偶然だったんだ 」
「本当に?」
「本当。……というか、流石に不登校になった後輩がどこの高校に行くかなんてわかんないし、行っても通信が多いから春樹は地元に残ると思ってた 」
「…………あいつ、不登校だったんすか 」
「……聞かなかったことにして 」
この辺はぼんやりしか覚えていないが、そういえば中学の話題も避けていたような気がする。忘れたんじゃなくて、わからないから言えなかったんだと思うと……
「俺、春樹のことあんまり知らないんだな…… 」
それなりに知っていたつもりでいた。ピアス開けるのとか雑なくせに他人に対しては丁寧なのも、料理が上手いのも、怖い時に体が固まるのも……
はー、とため息をついて顔を手で覆った。自分も言いたくないことがある分春樹に『全部話せ』なんて言えないが……
「……あの、東野さん 」
「うん 」
「春樹のメッシュ、あれ入れたのってあんた?」
「うん。似合いそうだなって思ったし、それ言ったら本人も「じゃあ入れてほしい」って言ったから 」
「なんか余計憎たらしくなってきた 」
「えーと……なんかごめん 」
話題を変えようとしたがあまり変わらない気がしてきた。場の雰囲気が和んだわけでもない。色や入れた位置も春樹に似合っているのだし、「センスいいですね」とか言おうと考えてたのに何故か全部吹っ飛んだ。どうしようなぁと考えていると足音が近づいてきて……
「戻りました……何かありました?」
「なんでも。ごめん春樹、オレもうすぐバイトだから今日はこれで 」
「えっ……予定あるなら断って良かったのに 」
「そうだけどな。ここから近いし、今日バイクで来てて間に合うから大丈夫だと思って 」
じゃあな、と東野は手を振って小走りで駆けていった。春樹はそれを見送って……小さく手を振り返す姿がなんだか嫌だった。
「……まだ五時半だな 」
「ね。でも帰ってたらすぐ六時ですよ 」
「折角だし駅の方まで競争しねえ?火曜でゴム切れたからドラスト寄りたい 」
「『ドラスト寄りたい』だけでいいでしょうが。おれも汗拭きシート買いたかったんでいいですよ 」
でも荷物持ってかー……と呟きながら、さっきまで走りの練習をしていた春樹は靴紐を結び直した。
「片桐先輩が負けたらアイス奢ってくださいね。バーゲンダッツ 」
「オッケー、絶対勝つわ 」
足の柔軟をして、こちらも荷物を抱える。持ち方は一番体にフィットする楽なやつ。
「先輩準備できました?」
「できたできた。じゃあよーい……」
春樹がスタートの体勢をとった瞬間、「どん!」とスタートを告げると駆け出した。ちらりとこちらを見て、スタミナを持たせるためかスピードを緩めて……公園を出る頃には早々にバテはじめていたのが面白くてつい笑ってしまった。
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