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第43話

体育祭を抜けたのは30分ほどで、改めて体を拭いてもらって急ぎ目に戻るも、隣の椅子の安達に「本当に着替えてただけ?」と揶揄われた。 昼食を終え午後の競技。いくつかの競技の後、借り物競走に。そういや神崎と片桐先輩これ出るって言ってたな。 ハンディファンで風を浴びながらそんなことを考えていると、安達が話しかけてきた。 「朝倉、これ毎年『好きな人』ってお題入ってるんだって 」 「どこ情報だよそれ 」 「まあまあ。んでさ、片桐先輩がそれ引いたらどうする?」 「あー……どうするって?」 「公開告白じゃん。なんて返事すんの?」 「……そういう安達は?ほら、神崎来た 」 別に安達の好きな人が神崎とは聞いていないが、指差す先には神崎がいた。 「安達、ちょっと……」 「えっマジ?」 行ってくるわーとヘラヘラしながら連行される安達。手を振って見送るとスマホが震えた。どの通知だろうと画面を確認して——— [お腹すべすべでかわいい] ……裏アカウントの通知なんて普段なら気に留めないが……なんとなく、さっきの『片桐先輩が好きな人のふだを引いたらどうする?』 という話題が気になった。 ……こういう投稿してる相手と付き合いたくないだろうな。 なんて片桐先輩が嫌がるみたいなことを考えているが、実際は自分が知られるのが嫌なだけかもしれない。この趣味が気持ちの悪いものだってのは自覚しているが、どうしてもやめられないんだ。 ……なんとなくアカウントに鍵をかけた。『垢バレ疑惑が出たので鍵かけます』と嘘をつくと、昼間だというのに優しく慰める言葉がいくつか届いた。この人達仕事何してるんだろうな……と思いながらホーム画面を見て暇を潰す。ホーム画面は割と人間性が出てくるものだ。 「戻りー 」 「おかえり。なんのお題だった?」 「『あ』のつくクラスメイトだって 」 「ふーん 」 こちらからお題を聞いておいて雑な返事をしてしまった……。 しかし安達は気にすることなく「食う?」とうまい棒を差し出した。ありがたくもらい早速袋を開ける。 「好きな人じゃなかったんだ 」 「神崎ノンケだしなー。まあここで告られても困るんだけど 」 「ああ……確かに 」 こんな衆人環境で告白されても断るに断れない……。 ……と、流しかけたが…… 「安達の好きな人って神崎なの?」 「え?違うけど 」 「違うんだ…… 」 「なんでがっかりしてんの?」 「なんとなく…… 」 確かに仲間内でカップルができるのも……ではある。安達と二人でうまい棒を咥えて筒から呼吸していると、三年生が走り始めた。 「……なんか全員止まってない?」 「マジじゃん。そんな困るお題?」 そんな中実況の放送委員は『おおっと!全員止まってしまった!』と熱の入った実況を続けている。 『何しろ実行委員からのリークによると———全てのお題に好きな人を入れたという!』 「はぁ!?」 途端に校庭がざわついた。三年生の方からは「片桐お前バレてるし行けるだろー!」と聞こえた気がする。 「ちょっとトイレ 」 「逃すか 」 席を立とうとしたら安達に肩を組まれてしまった……。暑苦しいし離してほしい……。 「なー春樹、ちょっとついてきてくんね?」 「嫌です 」 「だよなぁ。お前こういうの嫌がるタイプだもんな 」 片桐先輩はしゃがみ込み、少し下から視線を向けて交渉を開始する。 「コンビニのアイス三つでどう?お腹壊すから買うのは一日一個だけど 」 「嫌です 」 「じゃあ一週間自販機で好きなドリンク買ってあげる 」 「結構です 」 「……あー……女子の連絡先全部消すから。いや男のも消さないとか……?」 「なんでそれで行けると思ってるんですか 」 後ろからカップルの喧嘩かよとツッコミが入った。確かにそう聞こえるけどさぁ……。 「……春樹、俺のこと嫌い?」 「嫌いとか以前に敵チームなんで、得点になるから行きたくないんですよね 」 「んじゃ得点にならないタイミングならいい?俺いつまで経ってもゴールできねえよ 」 少し考えて「まあそれなら……」と返事をすると、急にぐわんと視界が揺れた。「は?」と素っ頓狂な声を上げて、気付けば地面を見つめたまま移動していて…… 『おおっと赤組強烈な追い上げ!やはり好きな子は羽根のように軽いのかぐんぐんと差を詰めていく!』 「はぁー!?」 実況の通り、片桐先輩はすごい足で追い上げているらしい。見つめる地面が過ぎ去る速度が予想よりも早く、体を上げるともうゴール目前だった。 「……ひ、人攫い!嘘つき!人攫いー!」 「人聞き悪いな本当 」 はいゴール、と言い地面に降ろされた。順位はギリギリ得点が入る三着。得点にならないタイミングとはなんだったのか。 「本っ当に嘘つきましたねあんた 」 「だって勝ちてえし…… 」 「おれ片桐先輩に嘘つかれた記憶しかないんですけど 」 「んなこと無えだろ。ずっと言ってんじゃん、春樹のことが好きだって 」 「はいはい……。でもおれ女子の方が好きなんで片桐先輩とは付き合えないです 」 「ははは。……なあ、マジで言ってんのそれ 」 今日は挿れないやら何もしないやら……片桐先輩ずっと嘘ついてるし、自分も一回くらい付き合えないと嘘をついてもいいだろう。 じ、としっかり目を見て述べると、急に元気が無くなった。……やめといた方がよかっただろうか。 「……あの、片桐先輩?」 「……そっか、そっかぁ……」 あー……と片桐先輩はその場にしゃがんだ。流石にやりすぎたか……? 「春樹。ごめんな、ずっと気持ち悪いことして 」 その謝罪にはいつものような軽さは無く、何も言えないでいると「戻っていいよ」と、なんだかいつもと違う対応をされた。 「……あの、片桐先輩 」 「ごめん、俺今だいぶショック受けてるから、そっとしといてほしい 」 「……わかりました……」 片桐先輩が気になるが、そっとしといてと言われたため特に何も言わないまま自分のテントに戻った。 「おかえりー……なんかあったの?」 「……ちょっとやりすぎた 」 まさかあんな反応をするとは思ってもいなかった。嘘はつくもんじゃないなと、遠目からでもわかるほど落ち込み退場門から出ていく片桐先輩を見て、そう反省した。

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