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第44話

体育祭は赤組が五点リードし、遂に最終競技。学年混合リレーが始まった。自分は白組のアンカーでの参加のためトラック内で待機。赤組のアンカーは…… 「片桐先輩 」 「……ん、春樹も走るんだ 」 「はい。元々アンカーだった人が足捻ったんでアンカーやります。片桐先輩は?」 「俺もアンカー。負けねえからな 」 軽く会話をしたが、いつものような雰囲気やボディタッチはしてこない。何か言った方がいいのかもしれないが、今は何を言っても駄目な気がする……。でもそんな気にすることなんだろうか。 ため息をつき、トラックを眺めて走る人間を見た。……白組はあと二人でアンカーにバトンが回ってくる。 「先輩、体育祭終わったら時間あります?」 「……あるけど 」 「じゃあ、いつもの教室で待ってますから。……ちゃんと来てくださいね、蒼真先輩 」 腕を引いて片桐先輩にしか聞こえないように名前を呼ぶと、一瞬だけ目を丸くした表情が見えた。立ち上がってふくらはぎを伸ばし、腕を後ろに回す。トラックの反対側で白組の走者が走り出したため、自分もトラックに立つと片桐先輩も外側に立った。 「あのさあ春樹、かっこ悪い告白していい?」 「どうぞ。聞くだけ聞きますよ 」 「リレーで俺が勝ったら、俺と付き合うこと考えて 」 「考えるだけなら 」 ……赤組がバトンを落とし、少し戻った。とはいえ、もしかしたら追いつかれるかもしれない。それでも勝負事に手を抜くのは嫌だし、何より失礼だ。 「おれが勝ったら、関係の継続考えてくださいね 」 そう告げた後、深呼吸をして走者を待つ。近付いたところで軽く足を踏み出し、バトンを手のひらが叩いた瞬間に拳を握り、足の歩幅を伸ばして回転を上げた。 ———トラックを蹴る音と歓声が重なり合う。
風が耳を裂くように抜けていく中で、意識はただ前だけに向かう。 背後から迫る気配。振り返らなくても分かる。
足音が近付いてくるたびに胸がざわついて呼吸が浅くなる。 ———このままだと抜かれる。 必死に足を上げ、腕を振る。肺が焼けてしまいそうだと感じた瞬間、横から伸びてきた影が自分の視界に並んだ。 ラストの直線。互いに一歩も譲らず、肩が触れそうな距離で駆け抜ける。 パァン!と空砲の音が鳴った。ゴールしたと気付いて足を緩めるが、結果発表のアナウンスはない。 『……えー、ただいま写真判定中です。確定までしばしお待ちください 』 ———結果はほんのわずか。テープを切った感覚はあったが、どちらが勝ったかは判定に委ねられた。 ぜいぜいと肩で息をしながら隣を見れば、片桐先輩も同じように息を荒げて笑っていた。汗に濡れた横顔が、普段の余裕ある笑みじゃなくて……どこか子どもみたいな顔をしていて、思わず胸が熱くなる。 「……勝ったらとか言っといて、引き分けだったら、ダサいな 」
 「ダサいのは、お互い様ですよ。ほら、継続も付き合うのも……考えるしかなくなった 」 そう言えば、片桐先輩は一瞬目を見開いてゆっくりと笑った。その表情に自分も再度言葉を続ける。 「……じゃあ、先輩。放課後、ちゃんと来てくださいね 」 返事は返されなかったが、ぐいっと肩を抱かれた。疲れか慣れでか振り払うこともせず、ただ心臓の音がやたらと大きく響いていた。

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