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第46話

片桐先輩の家の風呂に入るようになって改めて思ったのは、やっぱり金持ちの家の風呂場は浴槽もでかいんだなぁということだった。二人で入ってもゆとりはあって、軽く体が触れ合うものの決して窮屈さは無い。 「流れでやったけど、春樹大丈夫?」 「ケツですか?違和感ありますけど別に 」 「じゃなくて、『女の子の方が好き』つってたろ。無理してねえかなって 」 「してませんよ。というかそもそも、おれ前に先輩とのセックスに抵抗ないって言いましたよ 」 「『女子のが好き』と『男とセックスする』は両立するじゃん 」 ……よくわからない。何をよくわからないことで賢者ってるんだこの人。 「好きな人とのセックスなんですし、慣れを差し引いても嫌悪感ありませんよ 」 「そーお?」 「そー 」 その会話の後、どことなく片桐先輩の機嫌が良くなった気がした。パシャッと湯船のお湯を顔にかけ、拭って再度口を開く。 「おれ風呂上がったら帰りますね 」 「え、なんで 」 「明日打ち上げでボウリング行くんで。この家におれの服無いし帰ります 」 「俺の貸すけど。足の長さそんな変わんねえだろ 」 「趣味違うしなー…… 」 片桐先輩の足の長さを思い返してみる。ざばっと足を出してうーんと眺めていると、「ほら」と片桐先輩も足を水面から出した。とんっとそちらに足をぶつけると、ぎゅっと足の指で掴まれ湯船に沈められた。 「それに今日体育祭だったし、春樹セックスした後いつも疲れて寝るだろ 」 「……帰宅頑張りますけど 」 「体にルーティン刻まれてんだしむずいって 」 頭を撫でてくる手を下ろさせるとそのまま下ろされ、指が絡まり手のひらが重なる。フーッとため息をつくと横から寄りかかられた。 「何、またするんですか?」 「んー……駄目?触るだけにするから 」 「駄目。お湯汚れるんで 」 「じゃあ引っ付いとくだけ 」 「仕方ないですね…… 」 了承するとそのまま体重をかけてきた。重いと文句を言おうとそちらを向くと目が合う。湯だって赤くなった顔と目が合って……そのまま吸い込まれるように唇が重なった。 + 7月に入り、学校も少し夏休みの空気が漂いはじめた頃。先輩に想いを伝えてから一ヶ月。未だにおれは裏アカを消せずにいた……。 「だって……何か言うとめちゃくちゃ構われるんだよ……!」 『アカウントを削除しますか?』と画面に表示が出ている。それを見つめたまま、誰にともわずそう呟いて、結局消せずに戻って直近の投稿を見つめた。 [ みんな好きだから離れるに離れられない ] [ すきピに想いを伝えて一ヶ月……伝えたけどこんな趣味引かれるだろうな…… ] [ 見せるとは限らないけどこの中見たい人いいねして(画像を開く) ] ちょこちょこオカズを提供しているためか、アカウントを消されて困る人間が『消えないで…;(∩´﹏`∩);:』と縋ってくる。 『サクラちゃん消しても戻ってくるよね?だって一回あったもん俺信じてるよ』 ……このリプライを見て、はー……とため息が出た。自分でも戻ってくるような気がする……。 「春樹くん何黄昏てんの?」 放課後の、いつもの空き教室。誰もいなかったはずなのに声をかけられ咄嗟にタスクキルした。顔を上げるとそこにいたのは…… 「あ、綾香……」 「明日の校外学習、自由行動の時間どこ行く?ほら、あたしら同じ班じゃん 」 「他の人はなんて?」 「まだ春樹くんにしか聞いてない。……んでさ、もし春樹くんがよかったらなんだけど……ちょっと二人で抜けたりしない?」 内緒話のように問いかけられ、少し困った。いくら鈍いおれでもこの真意くらいはわかる。 「……いいけど、多分綾香が期待してるようなことはできないよ、おれ 」 そう返事すると、彼女は少し間を置いた後に、何かを理解したように「そっか」と少し悲しそうに返事した。 「そうだよね、春樹くん好きな人いるもんね。いつも一緒にいる先輩だっけ?」 「……うん 」 「そっか。……そっかー、男が相手ならあたしゃどうにもできないわ 」 はーぁ!とわざとらしいため息をついて綾香は机に座った。ギッと軋む音がして彼女は慌てて立ち上がり、「あたしが重いんじゃないからね……」と言い訳をした。 「んじゃ神崎くん誘うかー 」 「あいつ安達とべったりだから多分安達も着いてくるよ 」 「……もしかしてあの二人も付き合ってんの?」 「知らない 」 まあ安達は好きな人神崎じゃないと言ってたし…… どうだろ、と考えていると教室の扉が開いて、「ごめん先生に用事頼まれてた」と片桐先輩が入ってきた。 「あ、春樹の友達?女子とも仲良かったんだ 」 「さっき明日デートしないか誘って断られました〜 」 「あちゃーどんまい 」 初対面だというのに会話が弾んでる……。これが陽キャってやつかと感心していると急に肩を抱かれて…… 「ごめんな、春樹の恋人枠予約済みだから 」 「あ、知ってまーす 」 「え、知ってて春樹のこと誘ったの?」 「神崎くんが『ぐちぐち言って付き合うの先延ばししてるだけ』って言ってたからダメ元でいけるかなーって 」 言葉の刃がぐさりと突き刺さって急に胸が苦しくなった。というかあいつ、そんなの他人にベラベラ喋ってたのか……。 「ていうかそもそも同性のことが好きなのに誘っても勝算低いですよね。困らせてごめんね春樹くん 」 「いや別に…… 」 「とりあえず神崎くんと安達くん誘ってみるわ。じゃあまた明日ね〜 」 手を振って教室から出ていく綾香にこちらも手を振りかえした。 「……仲良しなんだ?」 「まあ……。片桐先輩と喧嘩した時あったじゃないですか。あの期間中に割と仲良くなってました 」 「なんで受動系?」 「相槌打つだけでなんか仲良くなってたんで…… 」 「あー、女子ってそういうとこあるよな 」 あるんだそんなこと……。 「今日勉強会どうする?明日校外学習だろ 」 「おれ勉強しなくていいって言われたらマジでしませんけど 」 「だよな。んじゃ今日は数学から。問題集広げてー 」 今日は素直に問題集を開いた。勉強しなきゃいけないのは事実だし、数学は言うほど得意ではないため集中して取り組まないといけない。 「今日水曜だけどさ、終わったら春樹んち行っていい?」 「……明日まで我慢してください 」 「はーい 」 んじゃこれわかる?と指差された最初の問題。考える間もなく「わからないです」と答えると「ちょっとは考えようぜ」と言われてしまった。

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