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第47話 ※嘔吐表現があります

待ちに待った……というわけでもないが、校外学習。午前中に狂言を観て、午後からは班ごとに二時間の自由行動。この中に昼食とお土産を買う時間も含まれている。 「……安達、なんでおれら電車で移動してんの?」 「女子が食事系インフルエンサーが取り上げていたお店に行きたいって。昼飯そこな 」 「ぼーっとして聞いてなかった……。神崎立ったまま何書いてんの?」 「狂言の感想文 」 「ここで!?」 「天才じゃん、俺も書くわ 」 「……じゃあおれも書こ 」 カバンからシャーペンとプリントと、下敷き用にリングノートを出し忘れないうちに感想を書く。揺れて文字が少し汚くなるが酷いやつは後で直すし、読めないことは無いだろう。女子は「アホじゃん」と罵ってくるが、後々楽したいんだこっちは。 「ねー男子、次で降りたい 」 「え、なんで 」 「いいから。ほらノートしまって 」 綾香にせっつかれて渋々ノートをカバンにしまう。目的の駅はまだ二つ先なのに、なんでだろうと考えているとスマホが震え、『なんかこっち見てるおっさん居た』と班のグループチャットにメッセージが入っていた。 「朝倉、神崎、次電車乗ったら俺ら壁役な 」 「はいよ 」 「わかってるよ 」 ついでにトイレ行ってくるわと安達がトイレに行き、女子も全員行き、残ったおれと安達は構内のコンビニでパンを買うことにした。 レジで財布を開いたが、小銭が13円しかない……。札を使うほどでもないし、電子マネーを使おうとスマホの電源ボタンを押した時、メッセージ通知が目に入った。 [ サクラちゃん今電車乗ってた? ] [ そのコンビニメロンパンよりカレーパンのが美味しいよ ] [ お金足りない?いつもオカズ見せてもらってるしいくらか出そうか? ] 一瞬でぞわっと全身に鳥肌が立ち、手早く買い物を済ませてトイレの前で待つ神崎を見つけた。見られているかもしれないコンビニ内に居るのも嫌で、安達も待たずに彼のところに急ぐ。 「……朝倉、なんかあった?顔色悪いけど 」 「…………その……」 見られてたの多分女子じゃなくておれかもしれなくて そう言いかけて口を閉じた。神崎はそんなこと言わないかもしれないが、自意識過剰だと思われるのが嫌だ。 「朝倉ぁ、置いてくなよー 」 安達に肩を組まれ体が強張る。何も言わないこちらに何かを感じ取ったのか「なんかあったの 」と小声で問いかけてきた。 「…………か、たぎり、先輩からの、怒られが確定して……」 「え、お前何したん 」 「何もしてないからこんなビクビクしてんだよ……」 そう嘘の言い訳をすると安達は納得したのか曖昧な声を出しては、そればかりか「謝るのついてってやろうか?」と同行を申し出てくれた。別に本当に怒られるわけでもないため「大丈夫」と断ると「本当に大丈夫?」と心配された。 + あの後特に裏アカのフォロワーからの接触は無く、無事女子の目当ての店に行くこともできた。他にもクラスの女子が何人か来ていたが、別行動しているのか、同じ班のはずの男子の姿は少なかった。おれも映えメニューの写真は撮ったが、さっきの通知がずっと頭に残っていて、SNSに上げることはせず片桐先輩にだけ送信した。 「……飯これで足りるかな 」 「足りるわけねえだろ、朝倉はともかく 」 「なんでおれ?」 「少食じゃん。昼菓子パン一個で済ませるとかあるし 」 「一個は一個でも女子の顔ぐらいあるやつばっかだけどな 」 こんな、とお気に入りのメロンパンの大きさを表現すると、デリカシーが足りなかったのか同じ班の女子に「サイテー」と言われた。たまたま対面してただけなのに……。 「この後行きたい公園あるんだけど。入場料かかるけど学割使えるし、花いっぱいで映えるしいい?」 「あと一時間で回りきれんの?」 「ここから歩いて10分だから 」 これは断っても強行されるやつだと気付き、男子三人有無を言うことすら許されず公園へと行くこととなった……。 「……綾香、神崎誘わなくていいの?」 「いやー、あいつ安達くんしか見てないからやっぱいいわ。夏休みに他校の友達と遊ぶことになったから、そこで他の男探す 」 こそっと聞いてみるとそう返事をされ、「そっか」と返すしかなかった。 「ていうか春樹くん、一旦電車降りてから顔色悪いけど大丈夫?熱中症?」 「ああ、うん……多分大丈夫 」 「ほんとに?やばくなったら誰かに言ってね 」 「うん、ありがとう 」 あれからチラチラとスマホを確認してはいるが、向こうからの通知は無い。たまにスマホが震えるが、全てゲームのスタミナ回復や別のアカウントの通知だ。 ……『裏アカの身バレしたかも』という事実に胸がざわつく。そのフォロワーの投稿を確認しても、見える範囲でおれのことを誰かに言ってるということはないが、何もしてないのが逆に怖いし気持ち悪い。 「ちょっとトイレ 」 トイレを指差して行ってくると告げ、安達に荷物を預けて個室で吐いた。胸がむかむかしていたのに吐こうと思っても吐けなくて、指を突っ込んで。 片桐先輩としていて、慣れていたのか、それとも忘れていたのか、ちゃんと自分の姿を知る人間に性欲を向けられることが気持ち悪いと感じた。『やめて』と抵抗しても相手より非力な自分では敵わなくて——— 「……っ、うえ……っ……」 げほげほと咳き込み、吐瀉物とアンモニアのにおいに再度戻す。胃がひっくり返るような痛みの中、どうして身バレしたのだろうと考えた。 顔は写しても鼻から下まで、どうしても目から上が映り込むなら塗り潰して、メッシュ部分も気をつけて確認して……考えられるのはピアス穴くらいだが、最近髪を切ってないから耳に軽くかかってるし、電車の中で見ていたとしてもピアス穴まで見るとなるとかなり近くまで来ないと見れないだろうに…… 荒い呼吸の中、もう吐くものが出ないと理解できると立ち上がった。胃液で荒れたらしく鼻の中が焼ける感覚がするし、頭に血が昇っていたからかクラクラする……。立ち上がって個室から出ると、順番待ちをしていたのか男性が立っていて 「やっと二人になれたね、サクラちゃん 」 一気に頭が冷え、脳が逃げろと警鐘を鳴らす。逃げないといけないのに、嘔吐で体力を使ったからか恐怖からか足が動かない。呆然と相手の顔を見ていることしかできなくて、一歩後ずさるとぱたんと扉が閉まった。

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