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第2話 “ルカ”の初任務

────一年後、更衣室にて 「これ……僕が着るの……?」 支給された衣装を手に取ったエリスは、思わず眉をひそめた。 透け感のある黒のシースルートップスに、ギリギリまで丈の詰まったホットパンツ。衣装というより、もはや罠のようだった。 十三歳になり、色任務課に正式に入隊したエリス。 本格的な訓練を受けて約半年。初めての任務が与えられた。 (こんな格好で、挑発しろって……) けれど、戸惑ってばかりもいられない。これは、スパイとして初めて与えられた「本物の現場」。 今回自分に課せられた役割は、先輩のスパイが機密データを読み取る間、ターゲットを魅了し、その注意を引きつけ続けること。 エリスは深く息を吐くと、淡々と衣装に袖を通した。 鏡に映ったのは、艶のある黒髪を無造作に整えた、生意気そうな少年。片方の眉を上げ、不敵に笑う。 「……僕は、“ルカ”」 たった一言で、エリスの表情が変わった。穏やかで理知的な少年はそこにおらず、生意気で挑発的な“誰か”が、鏡のウインクした。 ────任務開始:ナイトラウンジ『VELVET』 ラウンジの中央、照明の落ちた、煙がたなびく一席に“ターゲット”はいた。 初老の男。富豪。政治家とのつながりもある危険人物。 そして裏では嗜虐的な少年愛好の噂もある。 そんな男の「性癖」を逆手に取るため、ルカは現れた。 カツン、とヒール付きブーツの音を鳴らしながら、わさわと視界に入るようにフロアを横切り── 「……おじさん、何ジロジロ見てんの?」 無邪気さを残した声。けれど、その瞳は射抜くように鋭い。 男がにやりと唇を歪める。 「口の利き方を知らねぇガキだな」 「でも……そういうのが好きなんじゃないの?おじさん」 ルカは軽やかに笑いながら、男の隣のソファに腰を下ろした。短い丈で剥き出しになった脚を、わざとらしく組み替えて見せつける。 ────ターゲットへの接触、五分経過 会話は続く。ルカが男のすぐ側に座ると、徐に男の手が膝に近づく。触れそうな距離、でも触れさせない。その絶妙な駆け引き。 「……触っていいって言ってないよ?」 「生意気なガキは、ねじ伏せて教えてやらねぇとな」 その瞬間、ルカの背筋が一瞬だけ強張る。男の手がこちらに伸びたその刹那、小型インカムから音が入る。 《スキャン完了、離脱しろ》 ルカは、すっと身体を引く。ニッと口元だけで笑って、男の手を軽くはたいた。 「なんか、飽きちゃった。……ま、気が向いたらまた遊んであげるよ。おじさん」 そしてそのまま、さっきまでの色気を一切引き剥がすような無造作な動きで席を立ち、男の驚いた声を背中で切り捨てるように、ラウンジを後にした。 ────任務完了後、控え室 無言で控室のソファに腰を下ろしたエリスは、深く息を吐きながら、指先で耳元のインカムを外す。指先が微かに震えていた。 「……ふぅ、緊張した」 自分の中の“ルカ”は、まだ笑っている。だが、その笑みは鏡の中でしか存在しない──そう、これは“演じる”仕事。 次に会うときは、もっと“完璧なルカ”でなければ。 エリスは静かに、自分の胸元に手を置いた。鼓動は、まだ早かった。

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