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第5話 お前なんか、殺してやる

バディを組んで、三週間。 最初から順調だったわけがなかった。 実戦経験も、鍛えられた体格も、階級も年齢も、グラントのほうが上。エリスは優れた素養を持っていても、まだ十四歳の子供だった。 些細なミスをすれば、「何やってんだ」と一蹴され、行動の遅れがあれば「そんなこともできないのか」と叱責された。 それでもエリスは、睨み返した。 怯まず、引かず、喰らいついた。 訓練場での模擬戦では、毎回容赦なく地面に叩き伏せられる。 「甘いな。今からでも遅くない、辞めたらどうだ」 そんな言葉を浴びせられても、唇を噛んで立ち上がり続けた。 「絶対に……やめない!」 グラントは冷ややかに見下ろすふりをしていた。だが心の中では、何度も何度も立ち向かってくるその小さな背中に、言い知れぬ期待を抱いていた。 ──そして、ある任務の日。 グラントが先行し、エリスは側面から支援に回る予定だったが、エリスの誤認により、ひとつの情報を見落とし、配置が一瞬だけ崩れた。グラントがすかさず立て直し、大事には至らなかったが、それが彼の口をより一層辛辣にさせた。 「その実力でなぜ異動できたんだ」 「“色”でも使って成り上がったのか?」 その瞬間、時間が止まった気がした。 「……まれ」 エリスが低く呟いたかと思えば、次の瞬間にはグラントに殴りかかっていた。細い体で、全身をぶつけるようにして、覆いかぶさる。 「黙れ、黙れッ!」 「おい……!」 驚きながらも反射的にエリスの両手首を掴んだ瞬間── ぽたっ。 頬に、冷たい雫が落ちた。 「……な」 目の前の少年は、顔を真っ赤にして泣いていた。 噛み殺してきた憤りと、積み重ねた悔しさと、隠し通してきた痛みが、今まさにあふれ出ているかのように。 「僕のことなんか、何も知らないくせに……!」 震える声で叫びながら、真っ直ぐにグラントを見つめた。 潤んだ瞳。 宝石のような翡翠の色。 涙が溜まり、その縁からあふれて頬を伝う。 初めて見るエリスの涙に、グラントは思わず息を呑んだ。怒りと悲しみを宿したその瞳は、なぜかまっすぐに胸を貫いてきた。 「お前なんか……殺してやる……!」 泣きながら、怒鳴りながら、それでもどこか脆くて、壊れてしまいそうなほど繊細な叫びだった。 グラントは、ただその瞳に、吸い込まれるように見惚れていた。 心が、妙にざわついた。 この時、初めて気づく。 この少年のことを、自分は「バディ」以上に気にしていたのかもしれない、と。

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