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第6話 夏の午後の気配
夏の休暇中、部隊の喧騒は一時的に消えていた。
訓練や遠征の連続で蓄積した疲労を癒すため、兵士たちはそれぞれの時間を満喫している。昼を少し過ぎた頃、グラント・アイゼンベルクは、所在なく兵舎の廊下を歩いていた。
(…やることがないな)
自室にいても書物を読む気にもなれず、眠るほど疲れているわけでもない。空っぽの予定に退屈して、グラントはふらりと食堂へ向かうことにした。
「…ん?」
その途中、ふと耳に届いた、鈍く何かがぶつかる音。
──カンッ、カンッ、──カコンッ…
乾いた音と共に、誰かの踏み込み、風を切る音。そして、再び打ち合う音。
訓練所の方角だった。だが今日は休暇。こんな時間に誰が?
無意識のうちに足が音の方へと向かっていた。開け放たれた訓練所のドア越しに目をやると、誰もいないはずの場内で、一人の影が激しく動いていた。
細身の体をしならせるようにして、木剣を振る。
エリス・ラナ=ヴァルティア──入隊して間もない少年だった。
「……何やってんだ、あいつ」
額に汗をにじませ、黙々と振るうその姿は真剣そのものだった。周囲の雑音など一切ないのに、まるで誰かと戦っているような気迫があった。
グラントは黙ってドアの陰に寄り、様子をうかがった。
(休暇中まで自主練か……)
普段から負けん気強く睨みつけたり反発してくるが、その実どこまでも律儀で、命令には一切背かない。どれほどきつくあたっても、黙って従い、必死に食らいついてくるエリス。何度も叱りつけ、何度も倒した。言葉は厳しく、時には突き放すようにすらした。だが──
ふと脳裏に浮かんだのは、ある日の記憶。
あのときのエリスは、地面に倒れたまま、それでも木剣を離さず、悔しさに滲む瞳でこちらを睨みつけてきた。
涙を堪えた緑の瞳。震える唇。
『絶対に…やめない!』
怒りでも、憎しみでもなく、自分自身を奮い立たせるための叫びだった。
あの時、心の奥で微かに何かが動いた。それを無視していた。ただの反骨精神だと、若さゆえの過熱だと。
だが、今こうしてまた一人で剣を振るうエリスの姿を見て、グラントは確信し始めていた。
(……こいつには、何かある)
その“何か”がまだ自分にはわからない。だが、確かに他の誰とも違う“気配”があった。
ふと、エリスが剣を止め、深く息を吐く。
その横顔に、ふとした無防備さと、真っ直ぐな光が宿っていた。
グラントは無言でその場を離れた。
足取りはなぜか、最初より少し重たく、けれど静かだった。
胸の奥に、わずかに熱を持った種火のようなものが灯っていたことに、彼自身、まだ気づいていなかった。
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