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第11話 冬の陽だまりの中で

年に一度の冬季休暇。 エリスが入隊から四度目の冬。 兵士たちが次々と荷物をまとめ、軍を離れていく中、グラントも例にもれず帰省の準備を終えて門をくぐった。 静かな街道に、ひときわ目立つ艶やかな黒髪が風に揺れていた。 その後ろ姿に気づくと、グラントは無意識のうちに歩幅を広めた。 冬の陽が雪を照らし、白い吐息が空へと消えていく。 「おい、エリス。お前も家、こっちの方向か?」 声に振り返ったその顔には、ほんのりと赤く染まった鼻先があった。 その色が妙に目に焼きつく。 「えーと、僕はセレンの家に行くんだ」 「セレンって、あのよく一緒にいるやつか?」 「うん。幼馴染なんだ。セレンの家はベータの家系だから、僕がオメガでも気にしないんだよ」 言葉は淡々としていた。けれど、どこか遠くを見つめるようなその目と、唇の端だけで形作られた薄い笑みが、痛々しいほど諦めに似ていた。 「…実家はさ、アルファ以外受け入れないから」 そう呟いたエリスの笑顔が儚くて、グラントは無意識に拳を握り締めていた。 「……ふーん」 気のない返事で誤魔化したけれど、心の中ではその家族に対して怒りにも似た感情が渦を巻いていた。 「なら良かったな、同期に幼馴染がいて」 「うん。セレン、産まれたばかりの妹が二人いるんだ。可愛いよ」 会話は自然に流れ、二人は並んで歩き出す。寒空の下、少しだけ縮まった距離が心地よかった。 ……その時だった。 「うわっ……!?」 ドンッとグラントの腰にぶつかる勢いで、大きな影が突撃してきた。 見れば、ラブラドール・レトリーバーがニ匹。長いリードがはためいており、どうやら飼い主の手から抜けて走ってきたらしい。 「わああ!すみませんっ!」 向こうから駆け寄ってくる飼い主の声が聞こえるが、ラブラドールたちは気にも留めず、尻餅をついたグラントの顔や手をぺろぺろと舐め始めた。 「ちょっ…おい…!やめろって……!」 困惑した顔で、しかし強く拒めもせずラブラドールに舐め回される“鉄鬼”グラント。 「うわー!ほんとにごめんなさーい!」 飼い主がようやく追いついてきたが、そのとき── 「きゃっ、あらやだ、うちの子まで!」 今度は小さなヨークシャテリアがひょこひょこと近づいてきて、グラントの膝の上にぽふんと飛び乗った。 「お兄さんのこと、好きみたいで……ごめんなさいねぇ、ほんとに!」 飼い主たちがリードを引いて、どんなに引き剥がそうとしようとも断固として止めない犬たち。 犬まみれになりながら、口元を引きつらせるグラント。 彼の“鉄鬼”の威圧も、犬たちの前では意味を成さない。 嬉々として尻尾を振るふわふわの毛並みに、鋼のような気配は溶かされていた。 その時だった。 「──っあはははっ!」 後ろから、エリスの笑い声が響いた。 普段は見せないその声、感情のままに笑う明るい声。 「グラントとワンちゃんって……あははっ、似合わなすぎて!あははっ!なのに好かれすぎっ……!」 エリスは手を口元に当てながらもこらえきれず、肩を震わせて笑っていた。頬はほんのりピンク色に染まり、息が白くなるほど楽しそうで、目尻に笑い皺ができている。 その姿を、グラントは目を見開いて見つめていた。 (……笑ってる。こんなふうに…) どこか張り詰めたような笑みしか見たことがなかったエリスが、今、自分の目の前で心から笑っている。 陽だまりのようにあたたかく、あどけなくて、でもどこか綺麗で。 その笑顔に、グラントは打ち抜かれた。 「……っ」 気づけば、頬が熱を帯びていた。犬の舌ではない、別の熱に。 (お前の色んな表情かお、もっと見たい…) 通り過ぎていく冬の風が、ふたりの間をそっと通り抜けた。 それでも──この距離は、確実に近くなった。

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